いま八重岳(沖縄)が日本の運命にかかわる場所になろうとしている! ~ 慰霊の日③ 国際反戦沖縄集会 

 慰霊の日、午後は「国際反戦沖縄集会」に参加した。集会では6組が、それぞれの活動の近況を報告した。

 ふるさと石垣島を拠点に活動するシンガーソングライタ-の前花雄介さん。

 戦時中、日本軍によって波照間島から西表島に強制疎開させられ、マラリアにかかって命を落とした住民らを追悼する忘勿石(わすれないし)之碑。そこには教師として派遣された日本軍のスパイが暗躍したことや、自らの命を懸けて子どもたちを守ろうとした教師がいたことなど、戦争の実相や平和について歌で伝えることが自分の使命と語り、歌った。

ヘリパットいらない住民の会梅沢安巳さん。

 リパットが完成してしまった北部訓練場では、住民より人数を増した常駐しているとみられる米軍と共に、フランスなど外国軍と自衛隊が常に共同訓練をしている。あるとき訓練帰りのフランス軍の新兵が、道路の側溝に車を落として困り果てていた住民を助けてくれたことがあった。「このように心優しい新兵も、ひとたび戦場に赴けば、敵を殺し、自らも殺されることもあるのだと思うと戦争の理不尽に胸が痛む」。 

 今年も韓国から、米軍基地に抗う若者たちがやってきた。沖縄と連帯して共に頑張ると決意を語った。(実はこのメンバーと、次に戦時中に日本軍の集団虐殺などの加害について訴えた「南京と沖縄を結ぶ会」の話しの最中に、熱中症で倒れた方がいて、対応に気を取られ、ほとんど話が聞けなかった。幸い周りに看護師経験者がいて応急処置。救急車を呼ぶほどではなく回復された)

沖縄の桜の名勝「八重岳を守る会」からは「返還された米軍基地跡の八重岳の道路に住民が育んできた桜並木が、再び基地強化のために伐採されようとしてる」ことが訴えられた。

「米陸軍八重岳通信所が、新機能を備えた最新鋭の通信施設に生まれ変わった。これは有事に嘉手納基地を守るために、攻撃第一目標となることを目指してのもので、かつて沖縄戦で地獄谷と呼ばれるほどの辛酸をなめさせられたた地で、またもや同じことが繰り返されようとしている」。辺野古や先島地方だけでなく、沖縄中で新たな戦前が進行していることに旋律は走る訴えだった。

 最後は、普天間野嵩ゲート前でゴスペルを歌う会による讃美歌のコーラス。10年以上続く活動はますます広がりを見せている。 

 

 多様で、しなやかに、そしてしたたかに、県民の平和への祈りが、魂魄の搭に絶えない線香の煙と共に、青い空に長く高くたなびいた81年目の慰霊の日の一日の記録…。 

 

2026年6月25日リンクURL

軍拡総理に慰霊の資格なし! ~ 慰霊の日② 全戦没者追悼式

  毎年慰霊の日摩文仁へは、友人の車か県が出している無料シャトルバスで来るが、今年はいつも辺野古へ行くグループのマイクロバスでやってきた。追悼式典に出席する高市総理への抗議行動に参加すためだ。

 平和祈念公園入口の十字路に抗議の横断幕を掲げ、ここを通る高市総理に一目でも触れ、「沖縄の声」が届けばと願った。 

 

 私たちの他にもいくつかのグループが抗議行動を行っていたが、ものすごい警備体制がしかれ、警備の警察官に囲い込まれ身動きが取れない状況になっいた。

 総理の車は、確認する間もないほど猛スピードで目の前を通過していった。

 

 式典会場近くのテントでは、断食抗議中のガマフヤー・具志堅隆松さんを激励する参議院議員の高良さちかさんの姿も。

 周囲をテントで囲い込み中が見えないようにしつらえられた全戦没者追悼式典会場は、一応誰でも入れるようにはなっているが、安倍元総理の暗殺事件以来、空港の手荷物検査以上に厳しい持ち物を検査されるため、県民に敬遠されるようになり、今年も空席がめだった。

 平和の礎の人の多さに「高市人気か!」とのいやな予感は、私の杞憂だったようだ。

 会場に入る高市総理に、いつもの作り笑いのような笑顔はなかった。そこは追悼式会場だから当然だが…。 

 次の日程へのバス出発時刻となったので、残念ながら知事の平和宣言、高市総理のあいさつを直接聞くことができなかったので、新聞の記事で紹介する。 

  玉城デニー知事は辺野古基地の問題に敢えて触れず、総理の改憲意欲をけん制。高市総理の発言中には、会場から「戦争反対」や「憲法守れ」のヤジが飛んだと伝える。県民のやむにやまれぬおもいである。

 今年も、豊崎中2年生・亀屋琉奈さんの平和の詩の朗読が胸を打った。

 「慰霊の日」が、県民のものではなくなっている。かつてのように、犠牲になった家族に思いをはせ、平和であることへの幸せを噛みしめ感謝する静かな慰霊の日を取り戻したいと、切にねがう。

 

 

2026年6月24日リンクURL

慰霊の日 ① 81年目の6月23日「平和の礎」

 今年も慰霊の日を迎えた。今年は特に気の重い慰霊の日だ。昨日から沖縄をはじめ九州各地でかなり高機能な日米共同訓練が始まった。わざわざ慰霊の日を挟んだ日程で戦争の予行演習、実践訓練を行うとは、沖縄の戦のことなどつゆほども気にかけていない証拠だ。なによりあの高市総理が、追悼式でどんな発言をするのかと気にもなるが、聞きたくもない。気が晴れないまま摩文仁に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

平和公園につ着いて、まず物々しい警備に嫌気がさす。警察官だらけだ。九州各県から来ているようだ。公園内の駐車場に一般市民の車は駐車できないという。誰のための「慰霊の日」だと問いたい。

 今年の平和の礎は戦後80年で節目の年だった昨年より人が多いように感じた。新たな戦前への危機感が身にせまっているからだろうか?「まさか馬鹿げた高市人気で、一目見たい、スマホで撮りたい!なんていいうんじゃないよね」とつぶやいたら、「まさか?」と、車で隣の席に座っていた友人が即時に否定した。 

 いつものように、渡嘉敷島出身者の記名をたどりご挨拶。祖父や親戚のの名前を見つけ、手をあわせた。

  友人の家族が三世代揃ってお参りに来ていた。真ん中のちびちゃんは3歳から毎年来ているという。

 残念ながら、昨年と同様「平和の火」はともっていなかった。先日の台風で点火設備が故障したのだという。手前のランプに火は温存されているが…。

  「平和資料館」先週から入館料無料。が、観覧している時間の余裕はない。追悼式典の時間が迫っていた。

 

2026年6月23日リンクURL