「お前の仕事はなんだ!殺しだ!」 ~ 10月7日の辺野古

 済んだ青い空に、綿あめのようなふわふわの白い雲、やんばるの森の樹々を抜けてくる風は涼しい。秋の気配がする。やっとクーラーなしでも眠れるようになった最初の朝だったが、さわやかな天気とは裏腹に人々の心は重く沈んでいた。

 やりきれない思いでゲート前に座る。言葉を発しようとすると、涙が出そうになる。悲しい!苦しい!悔しい!またもや沖縄の女性の命が、米軍兵の餌食になった。

 

 朝9時前の座り込みは、被害にあった女性の冥福を祈って黙祷から始まった。 

 報道によれば、容疑者の米兵は女性の首を絞めて殺した後、女性の所持品を奪って逃走したという。しかも、いったん基地内に戻り、着替えてまだ飲みにと沖縄市内の繁華街に出てきたところを、沖縄県警の捜査員に見つかり逮捕された。殺した後に逃げるのでも隠れるのでもなく、あっけらかんと基地の町の繁華街で飲み歩く米兵の姿が浮かんで来る、。そこには人ひとりを殺したという罪悪感や恐怖、戸惑いも見えてこない。彼らにとって、沖縄の人は人間に見えないのだろうか?

 2000年に国際会議で韓国に行ったとき、米軍基地の入口に大書されたスローガンを見て驚愕したことを思い出す。「お前らの仕事はなんだ?殺しだ!」(もちろん英語だが、英語の文言は正確に覚えていなのでご容赦!)人を殺すことが仕事だと躊躇なく言えるまで人殺しの訓練をされるのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 私たちが座り込んでいるゲートの中、真正面で、いつの間にか(先週はなかった)土砂が3つ高々と積み上げられている。

 正午前、2回目の座り込み。日差しが強くなり、台風28号の影響で風も少し出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違法行為が 数々行われている辺野古新基地建設工事。この日も工事車両に道交法違反が疑われる違法行為が発覚した。道幅を大きく超える大型トレーラが入ったのだ。「違法ではないか?」と、県警に訴えても知らんぷり。これが民間の工事現場だと直ちに取り締まられるはずだ。国が後ろ盾の国策工事だから、違法行為も平気なのか?

 米兵の犯罪も国が認めて米軍を置いている以上、国の責任だ。被害者に対する謝罪や補償、実効性のある再発防止対策など要求して実施させなければならない。

 基地あるが故の事件だ。元凶である基地をこれ以上増やすことは許せない。改めて辺野古に座る決意を固めた。

 

 

2026年10月8日リンクURL

またもや!いつまでこんな思いをさせられるのか! ~ 強盗殺人容疑で米兵逮捕

 4日、米兵逮捕の報を受けて、県内3カ所(那覇市、沖縄市、うるま市)で女性たちによる緊急抗議集会やスタンディングが行われた。午後7時から行われた那覇市の集会に参加した。


 過去の事件が一つ一つ思い起こされて、またもや防げなかったという思いがこみ上げる。もう怒りを表現する言葉も見つからない。しかし、声を上げなければとマイクを握るが、怒りと悲しみと悔しさで言葉が詰まる。集まった女性たちの思いは一つ「軍隊がある限り、兵士による女性への暴力はなくならない。それは日本軍(自衛隊)も同じ。すべての軍隊を撤去せよ!」


 

2026年10月5日リンクURL

 今こそ、沖縄の尊厳と自己決定権を守るため、団結を強めるとき ~ 10月辺野古県民大行動

 3日は、毎月恒例の辺野古県民大行動に参加した。 

 集会は冒頭県民大行動を主宰する「辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議」としての声明を発表し、「結成時の原点である”建白書”の理念に立ち返り、辺野古新基地建設に反対する意思を改めて確認するとともに、平和で誇りある沖縄の未来のために、決してあきらめず、団結して声をあげよう」と、改めて決意を表明した。


 開会のあいさつで稲嶺進オール沖縄会議共同代表は「今回(知事選)は厳しい結果となったが、負けてはいけない。今日が新たなスタートだ、共に進もう!」と、結束を呼び掛けた。

 参加が期待されたデニーさんは、日程調整がつかず、メッセージが届けられた。「新基地建設に反対する県民の熱く力強い意志がある限り、県内移設は絶対に実現しないと確信している。私の政治信条も変わることはない。共に頑張りましょう!」

 この他、各行動の現場からの報告が行われた。 

 集会が始まると同時に右翼の街宣車が3台、大音量で進軍ラッパを鳴らしながら、何度もテント前を行ったり来たり。そのたびに登壇者の発言が中断させられるという事態になった。その宣伝カーに掲げられた日の丸にゾッとした。

 

 

 

沖縄県の旗が日の丸と手を結んでいる。これまでの右翼街宣車の日の丸は、旭日旗と手を結んでいた。なんとも象徴的だ。平和の象徴だった沖縄の旗が、軍国主義の象徴旭日旗と同類になってしまった。 

 私たちも負けずに 「NO!}と言い続けなければならない。

  帰りに瀬嵩の浜から大浦湾をみた。様々な工事船が浮かんでいる。しかし肝心のサンドコンパクション工事船はない。6月に台風避難をしたまままだ戻ってこれないのだ。

 瀬嵩の浜は、群生する浜昼顔におおわれていた。

 

 
 

2026年10月4日リンクURL