ワッター知事・デニーさんより、選挙を応援してくれた県民へのメッセージが届きました。一番つらいのはデニーさんのはずなのに、応援してくれた人たちを気遣い励ますデニーさんです。

ワッター知事・デニーさんより、選挙を応援してくれた県民へのメッセージが届きました。一番つらいのはデニーさんのはずなのに、応援してくれた人たちを気遣い励ますデニーさんです。

知事選挙後初めての水曜日の辺野古。なんとも気の重い一日のスタートだった。

あまりの票差にいいわけの言葉も出ない。完敗というしかない。事前の世論調査で65%の県民が「デニー県政を評価する」と答えているのに、その人たちの票はどこへいったのだろうか?
ネット上の悪質、荒唐無稽の誹謗中傷が事実と信じられ、票が流れたなんて、それほど沖縄県民は愚かだろうか?果たして何が本当の原因なのか、今後のためにも、選挙結果は綿密な分析を行いしっかりと反省し、次に向かわなければ、後は高市政権が仕掛ける「沖縄が再び戦場となる道」を、転げ落ちていくだけだろう。
デニーさんの人柄は、集会などで接するたびに感じ入るものがあり、ただの政治家ではない知事を持つ沖縄県民であることが、とても誇らしかった。それを失うかと思うと悔しくてならない。ノーベル平和賞にノミネートされるにふさわしい人だと思う。

名護市も市議会選挙があり、しばらく辺野古をお休みしていた大城敬人さんも久しぶりにゲート前にやってきた。
12期48年の議員生活を全うし後継者にしっかりとバトンタッチして肩の荷を下ろし、「足腰は弱っても頭と口は達者なので、これからは一市民として、毎日でも辺野古へ通います」と笑顔を見せた大城さん。「本当にご苦労様でした!」
2回目の座り込みの前に、今度は「平和を求める元軍人の会沖縄支部」のダグラス・ラミスさんも那覇からのバスでやってきた。
メインゲート前に掲げられた一枚の大きなバナーは出入りする米兵に向けたもの。そしてチラシは兵士に一枚一枚手渡してください」と配られた。
チラシは、戦場に向かうために訓練を受けている米兵に「(軍の)命令よりも、(あなたの)良心に従いなさい。」と呼びかけている。 (イスラエルとアメリカが仕掛けた違法で不道徳な戦争に加担したくなければ私たちのところへ来てください」と。







デニーさんにNOを突き付けた人たちと、新しく知事になる人に問いたい。日々破壊されてゆくやんばるの山々と、辺野古の青い海、豊かな緑が引きはがされた後に、日々広大な軍事施設が建設されている異様さを、最近一度でも見たことがあるかと。 

雨が降ったり、カンカン照りになったりと、目まぐるしく変わる空模様に翻弄されながら、三回目の座り込み。
県外からやってきて今は沖縄に在住するという男性は言った。「今回の選挙は、ヤマトが束になって沖縄に襲いかかった選挙だったと思う。それは、基地は沖縄だけに閉じ込めておけ!戦争するなら沖縄だけにとどめろ!という意味だ。ヤマトの人間として、沖縄に対し、本当に恥ずかしく申し訳ないと思う」と。





選挙の日から眠れぬ夜が続いて、疲れもピークに達したこの日の辺野古ゲート前。「淡々と座り込むだけ!」といつもと変わらず歌い踊り声を上げるゲート前の仲間たちに励まされて元気を取り戻した。
今回の大敗は、さらに大きな受難を招かないための知恵を、私たちに与えてくれたものとして受け止め、のり越えたい。
12日18:00からデニー陣営のラストスパート集会が行われたおもろまちの日銀前は人の波とあふれる熱気に包まれた。


相手候補もデニーさんと同じ「平和」を訴える。しかしその中身は真逆だ。「攻撃されないなめに抑止力としての武力を蓄える。反撃能力を強化する」と。「武力で平和は守れない、創れない」ことは、世界中で起こる紛争や戦争で明らかになっている。
武力を持たず、平和外交を貫いた「琉球」のチムグクルを取り戻し、全国に広めよう!それは「デニー知事」にしかできない。



演壇も聴衆も男性ばかり(今朝の新聞報道写真)の相手陣営とは対照的に、デニー陣営は女性が多いのが特徴だ。
那覇市内の投票会場もこれまでとは風景が少し変わった感じがした。ベビーカーや小さい子どもの手を引いた若い夫婦が目立った。若い人たちの投票が増えたのかな?と期待する。「次世代を担うあなたたちのために、正しい判断をしてほしい!」。投票を終えての帰り道、すれ違う人たちに「デニーさんをよろしく!」と、心の中で声をかけた。

