雨にぬれても…  ~ 4月8日の辺野古

 この季節は出かける前に着ていく服の選定に迷う。晴れれば、カンカン照りで汗をかき、天気が悪ければ肌寒い。那覇は23度でも、海が近く風があり緑の多いやんばるは2度ほど気温が下がる。突然にスコールのようなカタブイ(局地的な雨)に見舞われることもある。まさに辺野古は、そんな場所である。

 なので、特に県外からいらっしゃる方には、着脱可能な薄手の長袖の上着やジャンパー類をお勧めしている。 

 昨夜、辺野古は大雨だったようだ。ゲート前では、座り込みをする前に、まずはずぶぬれになった椅子やメッセージボードを、日に当て乾かすことから一日の行動は始まった。なんだか、いい感じ!

 「(公道で)許可なく展示物をするのはやめてください」と、機動隊に言われたが、「展示しているのではなく、濡れて持てないから乾かしているのです。乾いたら取ります」と、いなした。

 いや、嘘ではない、ほんとうに乾かしているのだ。それにしても、抗議行動の現場らしく、いい雰囲気だ。

 この日も、座り込みは黙祷から始まった。事故で亡くなったお二人の七七忌が済むまではサイレント座り込みが続く。今日もマイクなしの静かな抗議行動である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10時過ぎには那覇からの2台目のバスも到着。テント下はにぎやかになった。 

 スイスから来たという若者。「スイスにも米軍基地があり、米軍の行動に反対する活動をしてる。

 沖縄には始めてきたが、皆さんんの長年に渡る抗議行動を知り感動している。とても大事なことだ。尊敬する。スイスに戻って、仲間にも沖縄のことを伝え、自分たちに何ができるか考え、行動したい」と語った。 

 辺野古の行き帰りに立ち寄る伊芸のサービスエリアのトイレは、とても清潔で気持ちいいい。手洗い所には、いつも花の名前など説明付き(左下)の素敵な花が飾ってある。今日は白いコチョウランに蝶ではなく、一匹のカナブンがとまっていた。なにかいいことあるかな?

 

 

2026年4月9日リンクURL

あの事故は嘘であってほしい ~ 4月1日エイプリルフールの辺野古

 午後から警報級の大雨との予報に、最大級の雨対策をして辺野古に向かう。しかし、空はまだ雲間から時折朝日ものぞくような穏やかな天気だ。

 大雨の予報で、北部へのドライブを断念したした人が多かったのか、渋滞も大したことなく、久しぶりに従来通りの時間に辺野古へ到着。ここ一月ほど続いていた現場直行ではなく、メインゲート前のテントで一息つくことができた。

 辺野古の朝は、テント前の清掃(落ち葉掃き)から始まる。いつもの光景に気持ちがほころんだ。

途中から雨になってもいいように雨具を装着、改めて現場行きのバスに乗り込んだ。

 抗議船の転覆事故で、3月いっぱい抗議行動は自粛すると決めたオール沖縄会議から、改めて49日の法要まで自粛を延長すると連絡があったとのこと。現場では、ひきつづきマイクなしの静かな抗議行動をとることになり、一回目の座り込みは、哀悼の意を込めて黙祷から始まった。 

 

自然界は春。メインゲート前のテントの周辺でも、名もしれぬ愛らしい草花や見慣れたリュウキュウコスミレに気持ちを癒される。

 正午前、2回目の座り込み。時折頬に雨粒がパラつくものの、まだ大降りにはならない。

 事故について、同じ海上行動の仲間である目取真俊さんが、亡くなった船長について語った。「ネット上で、ここぞとばかり誹謗中傷が浴びせられているが、船長は海上行動のベテランで、仲間からとても信頼されていた。彼がいると安心して海に出ることができた。無謀なことをする人ではない。その日は、確かに波浪警報が出ていたが、海は穏やかで0.5㍍ 海水浴もできるほどだった。事故の一週間前にも同じコースで航行している。突然、思いもよらない大波に襲われたとしか考えられない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沖縄の米軍基地は日本人の問題である」「日本は米国から独立せよ!」「沖縄を解放せよ!」= 反戦弁護士の会 

 15:00前 3回目の座り込みは、予報通りどしゃぶりの雨。座ることができず、激しい雨に打たれながらスタンディング。 

 少し雨が収まったところで、機動隊の排除が始まった。

 ほとんどの人が立ったままだったことから、ものの5分もせず、全員が排除されてしまった。

 

 

 

 

 今日も気の重い一日だった。

 亡くなった生徒さんのご両親の無念、悲しみを思うと言葉を失う。この高校の生徒たちは、海外留学の経験者が多く、将来世界を舞台に活躍することを目指しているという。ご両親にとっても、さぞ将来に期待をかけた娘さんだったことだろう。

 亡くなった船長も、教会の信徒や海上行動の仲間たちからとても信頼される穏やか人柄と操船技術を持ち合わせたベテランの船長だった。

 だからこそ、私たちは二人の遺志を未来に生かし、活かすために、平和を脅かすものへの抗議鼓動を続ける。

 

 

2026年4月2日リンクURL

追悼の思いを胸に 座り込み ~ 3月25日の辺野古

 先週の辺野古報告は、文字を何も書きこむことができなかった。からだから離れた言葉は何を言っても空しく、浮いてしまう。悶々としているうちに時間がすぎ、日付が変わろうとする直前に、観念して写真だけをUPした。写真だけでも感じてももらえる方には伝わるかと甘えることにして…。

 今週は、関西で日本軍「慰安婦」問題に取り組む11人の友人らを迎えての辺野古である。小雨がちらつき、前日の春の陽気が嘘だったかのような空模様、肌寒い。

 先週同様、マイクは使わない、大きな声は出さない、歌は歌わないなどを申し合わせ、最初に事故で亡くなったお二人に黙祷をささげて今日の行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲート前の抗議行動を束ねるオール沖縄は、今月いっぱいの抗議行動の中止を決定したが、この日ゲート前に集まった人たちの胸の中は、亡くなった二人を悼む心と、戦争の道具である基地の建設に反対する心は同一なのだ。

 

 

 

 

 関西から訪れた11人のメンバーは、一回目の座り込みの後、辺野古浜で、花をささげて冥福を祈った。

 ゲート前行動は、正午前の二回目、午後3時前の三回目も支障なく行われた。(パソコンの不具合で、2回目、3回目の写真が掲載できない)

 

◇追記:先日からパソコンの不具合が頻繁に発生。ブログの投稿がままならない。文字の記入にも時間がかかる状況に…)

 

 

2026年3月28日リンクURL