午後から警報級の大雨との予報に、最大級の雨対策をして辺野古に向かう。しかし、空はまだ雲間から時折朝日ものぞくような穏やかな天気だ。
大雨の予報で、北部へのドライブを断念したした人が多かったのか、渋滞も大したことなく、久しぶりに従来通りの時間に辺野古へ到着。ここ一月ほど続いていた現場直行ではなく、メインゲート前のテントで一息つくことができた。
辺野古の朝は、テント前の清掃(落ち葉掃き)から始まる。いつもの光景に気持ちがほころんだ。
途中から雨になってもいいように雨具を装着、改めて現場行きのバスに乗り込んだ。
抗議船の転覆事故で、3月いっぱい抗議行動は自粛すると決めたオール沖縄会議から、改めて49日の法要まで自粛を延長すると連絡があったとのこと。現場では、ひきつづきマイクなしの静かな抗議行動をとることになり、一回目の座り込みは、哀悼の意を込めて黙祷から始まった。





自然界は春。メインゲート前のテントの周辺でも、名もしれぬ愛らしい草花や見慣れたリュウキュウコスミレに気持ちを癒される。

正午前、2回目の座り込み。時折頬に雨粒がパラつくものの、まだ大降りにはならない。

事故について、同じ海上行動の仲間である目取真俊さんが、亡くなった船長について語った。「ネット上で、ここぞとばかり誹謗中傷が浴びせられているが、船長は海上行動のベテランで、仲間からとても信頼されていた。彼がいると安心して海に出ることができた。無謀なことをする人ではない。その日は、確かに波浪警報が出ていたが、海は穏やかで0.5㍍ 海水浴もできるほどだった。事故の一週間前にも同じコースで航行している。突然、思いもよらない大波に襲われたとしか考えられない」





「沖縄の米軍基地は日本人の問題である」「日本は米国から独立せよ!」「沖縄を解放せよ!」= 反戦弁護士の会 
15:00前 3回目の座り込みは、予報通りどしゃぶりの雨。座ることができず、激しい雨に打たれながらスタンディング。

少し雨が収まったところで、機動隊の排除が始まった。
ほとんどの人が立ったままだったことから、ものの5分もせず、全員が排除されてしまった。

今日も気の重い一日だった。
亡くなった生徒さんのご両親の無念、悲しみを思うと言葉を失う。この高校の生徒たちは、海外留学の経験者が多く、将来世界を舞台に活躍することを目指しているという。ご両親にとっても、さぞ将来に期待をかけた娘さんだったことだろう。
亡くなった船長も、教会の信徒や海上行動の仲間たちからとても信頼される穏やか人柄と操船技術を持ち合わせたベテランの船長だった。
だからこそ、私たちは二人の遺志を未来に生かし、活かすために、平和を脅かすものへの抗議鼓動を続ける。
今週は、関西で日本軍「慰安婦」問題に取り組む11人の友人らを迎えての辺野古である。小雨がちらつき、前日の春の陽気が嘘だったかのような空模様、肌寒い。


















