49年目の5月15日② ~ 「5・15 復帰」を問い直す

 5月15日は毎年全国から数千人が参加し、全県下で5.15平和行進が行われてきたが、コロナ禍で、昨年に続いて今年も例年通りの「平和行進」は中止となった。

 それでも各地で小規模ながら工夫を凝らした「5・15平和のアピール」が行われた。

 <5月16日 琉球新 ↑↓>

 

2021年5月16日リンクURL

49年目の5月15日 ~ 「日本」は本当に祖国なのか

 ここに一冊の本がある。「ドキュメント  沖縄5月の10日間」(柳田邦夫編 中央公論社)

 49年前の5月15日、沖縄で生活している人々が、日々の暮らしを営みながら、どんな持ちでその日を迎えたのか、日記形式で記したドキュメントである。

 目次を見ると、屋良朝苗 沖縄県知事はじめ、小学生、公務員、コザ吉原・娼婦、教師、警察官、ジャーナリスト、クラブ・ホステス、タクシー運転手、医師、米軍兵士、弁護士、店員、無職等々、それこそ様々な職業の人たち68が名を連ねている。

 アメリカ世からヤマト世へと切り替わる歴史的な大転換のその日・5月15日をはさんだそれぞれの10日間の記録が、さまざまな沖縄の姿を浮き彫りにする。

 中身をすべて紹介するわけにはいかないので、各人のタイトルを列記する。

<日本は本当に祖国なのか><私は日本人を好いてはいない><白々しい”平和で豊かな島”><まるで戦争前夜のよう><君が代が戦争の歌に聞こえる><祝うものか抗議するものか><屈辱の日がやってきた><誰のために復帰するのか><死んだ人たちをおもう><権力としての母国がある><茶番記念日><腹立たしくやりきれない気持ち><金がある者だけが生き残る>etc……。

 私はと言えば、当時ラジオ局の報道部に勤めていた。その日労働組合は24時間の全面ストを打ち、本来なら抗議の県民大会へ参加するところだが、報道機関としては、この歴史的な出来事を記録し、伝える役目がある。

 私は保安要員ということで、東京キー局と共同制作の特別番組「5・15沖縄はいま」のスタッフとして残され、那覇市場から市民の様子を伝える生中継を担当した。人々にマイクを向けると物価高を嘆く声、「これからどうなるのか」と不安と戸惑いの声が多く聞かれた。いらだって向けたマイクをたたく人もいた。

 番組が終わると同時に、県民大会が開かれていた与儀公園に駆け付けたが、集会はすでにデモ行進に移っており、職場仲間の隊列を見つけることができず、会場入り口から出てきた一群の中に飛び込んだ。

 降り続く土砂降りの雨の中のデモ行進。梅雨の冷たい雨も人々の熱気を静めるどころか、むしろ駆り立てているように思えた。激しいジグザグデモに飲み込まれた。

 前夜も仕事で午前3時の帰宅だったが、この夜もなかなか寝付けないまま5月15日が過ぎて行った。

「復帰して良かったですか?」と、よく聞かれる。出かかった言葉を飲み込む。言いたいことはたくさんある。しかし、言いたくない。言えば空しくなるだけだ。第一、あのとき沖縄の人々に「NO」とか「YES」とかいう権利があったのか?逆に聞きたい。それは、いまも同じだ。状況は少しも変わっていない。半世紀たっても…。

 

 

 

2021年5月15日リンクURL

「基地に島を売った」前宮古島市長逮捕 ~ 自衛隊基地用地の国への譲渡をめぐって収賄容疑

 「やっぱり!」「またか!」という思いである。ブログにこんなことばかり書いていると本当に気が滅入る。

 

 <5月13日 琉球新報 ↑ ↓>

 自衛隊基地にまつわる疑惑だけでなく、他にも数々の疑惑が噂されてきた前宮古島市長。逮捕自体には驚かないが、それでも「基地に島を売ったのか!」と、宮古島市民の間からはうめき声が漏れる。

 辺野古新基地はじめ公共工事(事業)は利権のためにあるようなものだ。震災復興然り、オリンピック然り、多くの国民の命がかかっているコロナ対策さえも下請け、孫請けと利権を転がしているうちに、国民へ届く前に、半分以上の金額(税金)が利権に消えていく。



 

2021年5月14日リンクURL