「辺野古ができても普天間返さない?」国家的詐欺だ! ~ 辺野古浜座り込み8000日

 在沖海兵隊が、中東に派遣されるという。長崎に駐留する軍艦も。ベトナム戦争を思い起こす。沖縄が出撃基地になるのだ。戦争への加担である。アメリカのイランへの軍事介入が長引けば、第三次世界大戦へ広がると、軍事専門家は警告している。そのとき沖縄が攻撃目標になる可能性が高いとも。今朝の新聞報道だ。また一歩戦争に近づいた。

 辺野古新基地の建設に反対して、市民らが辺野古の浜にテントを設営して座り込みを始めてから8000日となった14日(土)、「浜のテントで、120人がつどい、集会が行われた。

 ◆集いは民衆の抵抗の歌を歌い続けるシンガーソングライター・海勢頭豊さんのミニコンサートで始まった。「沖縄は650年間、戦争をしない平和な国を守ってきた。それは、祈りをもって地域の発展と平安をもたらしてきた沖縄の女性たちが女神だった証である」と「はるかなる女神」ほか、月桃、喜瀬武原などお馴染みの歌で8000日の闘いを称えた。

 ◆ヘリ基地反対協の仲村善幸共同代表が挨拶。

「SACO合意から30年。国はずっと県民を欺いてきた。オスプレイ配備、活断層、軟弱地盤、ここに至っては辺野古ができても、普天間は返さない?まさに詐欺だ!8000日の節目を迎え、もう一度原点に戻り、ここから再出発、団結して住民運動の力を国に突き付けていこう!」

◆座り込みのスタート時からかかわり続ける安次富博さん。「軟弱地盤で、工事は後20年近くかかる。物価高で国民が疲弊する中、辺野古の基地には軟弱地盤で何兆円もの公金がつぎ込まれる。まさに 国家的詐欺だ。私たちは絶対にあきらめない。沖縄から全世界に平和を発信していこう!」と団結を呼びかけた。

 

 

 8000日の前には、さらに地元のおじい・おばあたちが闘争小屋を建てて闘った8年に及ぶ歳月があることを忘れてはならない。あれから30年である。

 最初に立ち上がった方々の多くが、明日への希望を確信できないまま、旅立たれた。きっと雲の向こうから、辺野古に座る弘人を見守っていてくださるはずだ。

 

 穏やかな日差しが差すこの日、辺野古浜から見る辺野古崎の海は、青く澄んでキラキラとまぶしかった。竜宮神をまつる神社の森も新緑が辺野古ブルーに映える。この青い海には平和こそ似つかわしい。

 

2026年3月15日リンクURL

樹々がなぎ倒され 山肌はをさらすやんばるの山々 ~15年目のフクシマに思いを馳せる3・11の辺野古

 3月11日は、東日本大震災から15年が経つ。地獄の沖縄戦をくぐって生き残った今は亡き母が、津波で荒廃した被災地のテレビ映像をみて、「戦ぬぐとどある(まるで戦争の時のようだ)」と涙を流した姿が忘れられない。

 私自身もその日、東京にいて宿泊していた宿に戻れず、ビルの片隅で、不安と寒さに震えながら一晩を明かした経験を持つ。辺野古へ向かうバスの中も、ゲート前も3・11が話題になった。

 15年たっても、いまだ避難生活を続けざるを得ない人々が、2万人を下らないという。本当の復興には程遠い。そんな国が、戦争準備なんかしている場合ではない。辺野古新基地もその一つだ。

 私たちが座り込んでいる真向い、それこそ目と鼻の先で重機がうなりを立てて樹木を引き抜き、山肌をはぎとっていた。新緑が燃え出したやんばるの森の、むき出しになった山肌が延々と連なる姿に思わず悲鳴が出そうになった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テント前では、紫外線さらされて色あせていた横断幕が新しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真を撮り損ねたが、新緑燃え出したイタジイの森やテント横の花壇の花たちも春を告げている。ハイビスカス、カランコエ、シラン。

 今週土曜日(14日)は辺野古浜のテントが座り込み8000日を迎える集会が行われる。ご参集を!

 

 

 

2026年3月12日リンクURL