ご案内 ② 「恨の碑」 建立20周年 追悼式&シンポジウム

 去る大戦では辛酸をなめつくした沖縄ですが、その陰で朝鮮半島はじめアジアの国々に対して日本軍が行った多大な加害の事実に目をつぶっては、また同じことを繰り返してしまいます。

 国家権力が引き起こす戦争で、いつも犠牲を強いられるのは、なんの罪もない一般庶民。敵味方に分断され殺し合うのも、何の権力も持たない兵士同士、生活の場を戦場とされて焼き殺されるのも庶民たちです。 トランプ大統領も、プーチン大統領も、ゼレンスキー大統領も、ネタニヤフ首相も、高市首相も戦争にはいきません。

 加害と被害が複雑に入れ込み、見えなくされ、戦士に仕立てられ互いに殺し合った過去に学び、今こそ世界中の庶民が手をつないで、「NO!WAR」の声をあげるときです。


 

2026年6月15日リンクURL

とんでもない軍事要塞が造られようとしている ~ 6月10日の辺野古

 台風が過ぎたと思ったら津波、これも事なきを得たと思ったら、今度は大雨警報だ。日々つぶされるやんばるの山からしっぺ返しを受けているのではないだろうか?と、 ふとそんな思いが胸をよぎる。

 沖縄では梅雨のことを「スーマンボース-」という。二四節気の「小満・芒種」である。後半の芒種に雨が激しくなる。まさに今日の辺野古は典型的な「芒種」の一日だった。

 それでも一回目の座り込みはまだ傘は必要なかった。「警報」のせいで足元のおぼつかない方々は、他の迷惑になってはと、お休みを選んだ人が多かったようだ。 私の経験上今までで一番少い人数だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少ない人数は、ものの5分もせず排除されてしまった。後はときどき途切れながらも一時間近く続くダンプの行列に、メッセージボードで抗議を続けるしかない。

 強制代執行による埋め立て工事があ始まる前まで座り込み場所だった第二ゲートで、先月から大型の工事が始まった。あの殺人鉄板が敷かれていた工事用ゲートだ。なにやら深く掘り込まれている。どうやら道向かいにあるキャンプ・ハンセンに繋がる古いゲートと地下で結ぶためのトンネル工事らしい。

 2週間ほど前、現在空港から名護までを結ぶ高速道路が枝分かれして、キャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブをつなぐ、軍事専用道路計画があると、共同通信が報じた。「どうやら終点は辺野古らしい」と。

 そうなると、嘉手納以北のすべての米軍基地が、一般道の交通渋滞に巻き込まれることもなく、基地に反対する市民の抗議行動にさえぎられることもなく、軍事専用の高速道路でつながり、北部一帯が一大軍事要塞化する。「辺野古ができても、普天間は返さない」という米軍の意図ともつながってくる。想像するだけで、背筋が凍る。


 お口直しに、オオバナサルスベリの花をどうぞ! 

 今年も千葉県の女性たちから「辺野古で頑張っている皆さんへ」と、大量の梅干しが届きました。去る日曜日の集会と今日辺野古で合わせて 36名の方々にお配りしました。

「千葉の皆さん、ありがとうございます。みんなが毎年楽しみにしています」

◆ 私はこの後別の日程があり、午前中で辺野古を後にした。2回目の座り込みが始まる正午前には霧雨が降り出し、私が辺野古から路線バスに乗り込むころ、本降りになってきた。大雨の中、ゲート前に座り込むみんなの姿が浮かんできて、後ろ髪惹かれる思いで、2時間バスに揺られて沖縄市に向かった。

2026年6月11日リンクURL