「お互いに殺し合う戦争では何の問題解決にもならない!」~ 6月24日の辺野古

 6月はいくつもの催しが錯綜し、参加はできても、ブログに書くのが追いつかない。いつもの辺野古報告なのに、三日遅れになってしまった。

 24日の辺野古ゲート前は、慰霊の日のために県外、海外からやってきた人たちも参加して、いつもの早朝にはない大人数で久々に盛り上がった。

 東京都の高校退職教師の会の皆さんは毎年この時期の常連さん。「抗議船の事故に対する文科省の教育基本法違反の決めつけは、教育現場に平和教育に対する委縮をもたらした。あってはならない事故だが、それと平和教育とは別の問題だ。こうして闘い続ける沖縄に励まされる。皆さんから勇気をいただいて、改めて平和教育の再構築に取り組みたい」と決意を述べた。 

 毎年慰霊の日に向けて沖縄各地で平和行進を行う宗教者の皆さん。国内だけでなく、韓国やベトナムからの参加も者も。「戦争を止めようとしている皆さんに感動し、感謝します。なぜなら私もベトナム戦争の犠牲者だからです。ベトナム戦争では多くの村々が破壊され300万人が殺されました。お互いに殺し合うことでは、どんな問題も本当の解決にはなりません。戦争は被害者になるだけではなく、加害者にもなることも知るべきです。私たちはお互いにきょうだいであり家族です。共に穏やかなに暮らせる幸せを目指しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 私は、午後から別の日程があり、午前中で辺野古を後にしたが、2日目の座り込みには、那覇から2台めのバスも到着し、さらに人が増えて、にぎやかな交流になったようである。いつもこれくらいの人数がいれば、ダンプの侵入もかなり止めることができるのにと思わずにはいられない。

 台風が直撃するコースで進んでいるとのことで、25日以降のいくつかの日程がキャンセルや延期になり、対応に追われる一方で、金、土、日で5つもの日程が消え、思わぬ時間のプレゼントをもらったような気持ちだ。おかげで山のように抱えた仕事がいくつかはかどりそうだ。

 

 

 

2026年6月26日リンクURL

いま八重岳(沖縄)が日本の運命にかかわる場所になろうとしている! ~ 慰霊の日③ 国際反戦沖縄集会 

 慰霊の日、午後は「国際反戦沖縄集会」に参加した。集会では6組が、それぞれの活動の近況を報告した。

 ふるさと石垣島を拠点に活動するシンガーソングライタ-の前花雄介さん。

 戦時中、日本軍によって波照間島から西表島に強制疎開させられ、マラリアにかかって命を落とした住民らを追悼する忘勿石(わすれないし)之碑。そこには教師として派遣された日本軍のスパイが暗躍したことや、自らの命を懸けて子どもたちを守ろうとした教師がいたことなど、戦争の実相や平和について歌で伝えることが自分の使命と語り、歌った。

ヘリパットいらない住民の会梅沢安巳さん。

 ヘリパットが完成してしまった北部訓練場では、住民より人数を増して常駐しているとみられる米軍と共に、フランスなど外国軍と自衛隊が常に共同訓練をしている。パレスチナ・ガザの戦場から帰ってきた米兵が、新たな作戦の訓練を行う場所にもなっていて、北部訓練場が世界の戦場に加担している。ベトナム戦争のとき、B52の発進基地となり、沖縄が「悪魔の島」と呼ばれていたことを想起させる。またあるときは訓練帰りのフランス軍の新兵が、道路の側溝に車を落として困り果てていた高江の住民を助けてくれたことがあった。このように心優しい新兵も、ひとたび戦場に赴けば、敵を殺し、自らも殺されることもあるのだと思うと戦争の理不尽に胸が痛む。 

 今年も韓国から、米軍基地に抗う若者たちがやってきた。沖縄と連帯して共に頑張ると決意を語った。(実はこのメンバーと、次に戦時中に日本軍の集団虐殺などの加害について訴えた「南京と沖縄を結ぶ会」の話しの最中に、熱中症で倒れた方がいて、対応に気を取られ、ほとんど話が聞けなかった。幸い周りに看護師経験者がいて応急処置。救急車を呼ぶほどではなく回復された)

沖縄の桜の名勝「八重岳を守る会」からは「返還された米軍基地跡の八重岳の道路に住民が育んできた桜並木が、再び基地強化のために伐採されようとしてる」ことが訴えられた。

「米陸軍八重岳通信所が、新機能を備えた最新鋭の通信施設に生まれ変わった。これは有事に嘉手納基地を守るために、攻撃第一目標となることを目指してのもので、かつて沖縄戦で地獄谷と呼ばれるほどの辛酸をなめさせられたた地で、またもや同じことが繰り返されようとしている」。辺野古や先島地方だけでなく、沖縄中で新たな戦前が進行していることに旋律は走る訴えだった。

 最後は、普天間野嵩ゲート前でゴスペルを歌う会による讃美歌のコーラス。10年以上続く活動はますます広がりを見せている。 

 

 多様で、しなやかに、そしてしたたかに、県民の平和への祈りが、魂魄の搭に絶えない線香の煙と共に、青い空に長く高くたなびいた81年目の慰霊の日の一日の記録…。 

 

2026年6月25日リンクURL

軍拡総理に慰霊の資格なし! ~ 慰霊の日② 全戦没者追悼式

  毎年慰霊の日摩文仁へは、友人の車か県が出している無料シャトルバスで来るが、今年はいつも辺野古へ行くグループのマイクロバスでやってきた。追悼式典に出席する高市総理への抗議行動に参加すためだ。

 平和祈念公園入口の十字路に抗議の横断幕を掲げ、ここを通る高市総理に一目でも触れ、「沖縄の声」が届けばと願った。 

 

 私たちの他にもいくつかのグループが抗議行動を行っていたが、ものすごい警備体制がしかれ、警備の警察官に囲い込まれ身動きが取れない状況になっいた。

 総理の車は、確認する間もないほど猛スピードで目の前を通過していった。

 

 式典会場近くのテントでは、断食抗議中のガマフヤー・具志堅隆松さんを激励する参議院議員の高良さちかさんの姿も。

 周囲をテントで囲い込み中が見えないようにしつらえられた全戦没者追悼式典会場は、一応誰でも入れるようにはなっているが、安倍元総理の暗殺事件以来、空港の手荷物検査以上に厳しい持ち物を検査されるため、県民に敬遠されるようになり、今年も空席がめだった。

 平和の礎の人の多さに「高市人気か!」とのいやな予感は、私の杞憂だったようだ。

 会場に入る高市総理に、いつもの作り笑いのような笑顔はなかった。そこは追悼式会場だから当然だが…。 

 次の日程へのバス出発時刻となったので、残念ながら知事の平和宣言、高市総理のあいさつを直接聞くことができなかったので、新聞の記事で紹介する。 

  玉城デニー知事は辺野古基地の問題に敢えて触れず、総理の改憲意欲をけん制。高市総理の発言中には、会場から「戦争反対」や「憲法守れ」のヤジが飛んだと伝える。県民のやむにやまれぬおもいである。

 今年も、豊崎中2年生・亀屋琉奈さんの平和の詩の朗読が胸を打った。

 「慰霊の日」が、県民のものではなくなっている。かつてのように、犠牲になった家族に思いをはせ、平和であることへの幸せを噛みしめ感謝する静かな慰霊の日を取り戻したいと、切にねがう。

 

 

2026年6月24日リンクURL