悲しく!我慢できない!ニジラララン!(耐えられない)また新たな屈辱の日 ~ 辺野古に土砂投入

8時に那覇を出発した辺野古へ向かうバスの中、現場からの情報が入る。「防衛局は8:30に、沖縄県に対し11時に土砂投入を開始すると通告。ゲート前では250人が座り込んで抗議している」と。

わかっていたことではあるが、スーッと全身から血の気が引いた。満席のバスの中も、しばらく沈黙が続いた。

辺野古へ着くと、工事用ゲートとメインゲートの前は抗議の人々であふれていた。

 海で、土砂投入が始まった時間午前11時、マイクを握った山内末子県議が「翁長知事に申し訳ない!」と、声を詰まらせた。しかし、すぐに涙を振り切り「でも、私たちはあきらめない!負けない!勝つまで闘い続ける」と声をふり絞った。

「万策尽きたら、二人でゲート前に座り込もう」と夫婦で話していた、と語っていた故翁長知事夫人・樹子さん。約束通り、今日ゲート前においでになった、ひとりで。いや、きっと側には翁長さんんが寄り添っていたに違いない。

一言挨拶をと促されて、樹子さん「(土砂投入)翁長がいたら、怒るより、きっと悲しんだと思う。どれだけ民意を示せば、いいのか!と。皆さん負けないで!頑張りましょうね!」と言葉少なに語った。

午後1時から、辺野古の浜で抗議集会が開かれた。この日辺野古の浜は、海も空も、泣きたくなるほど青く澄んで美しかった。

1000人が結集した。

稲嶺進オール沖縄共同代表、「沖縄の歴史に、今日また新たに屈辱の日が刻まれてしまった。悲しく!我慢できない!ニジララン!でもまだ後戻りできないというわけではない。流す涙は今日一日でいい。涙を拭いてまた闘う決意を新たにしよう」

ヘリ基地反対協の浦島悦子さん。「辺野古の海は奇跡の海と言われている。たくさんの命をはぐくんできた。地元のおばぁ、おじぃたちは言っている。この海は宝の海。戦中戦後、食べ物がなかったときに、この海の恵みで生き延び、子供たちの命を養ってきた、それこそ命の海。この日を迎えたことが、ホントに悔しい。でもこの悔しさを共有できる仲間たちがこんなにたくさんいる。全国にもたくさんいる。この悔しさをバネに、また頑張りたい」

照屋寛徳衆議院議員:「腹の底から怒りが込み上げてくる。悲しい!悔しい!今日のこの事態に、柄にもなく、涙ぐんでいる。このワジワジーをバネに闘いを強化していく」

糸数慶子参議院議員:「21年余のこの闘いの中で、無念にも亡くなっていったたくさんの人たちの顔が浮かんできた」

伊波洋一参議院議員:「今日、土砂を投入して埋め立てを開始したといっても、辺野古に新基地が完成することはない。なぜなら沖縄の海兵隊は、グアムやハワイに移ることが決まっているからだ。基地が完成するのが早いか、海兵隊が撤退するのが早いか、それは海兵隊の撤退が先だ。つくりかけた基地は、元の海に原状回復させていく。

カヌーチーム代表:自分は東京の人間。東京というところは、いやなもの汚いものはすべて過疎地、遠くへ追いやって、自分たちは気持ちよく便利に住んでいる。そんな東京がいやになって沖縄にやってきた。日本にとって沖縄は必要不可欠。沖縄がなければ日本はやっていけない。そんな沖縄を踏みにじるこんなバカげたことは二度とあってはいけない。あきらめることなく、カヌーをこぎ続けていく。

最後に、玉城デニー知事からのメッセージが読み上げられ、集会を閉じた。

浜のテント村の座り込みは、8年と5353日を迎えた。この長く厳しいい抵抗の日々は、まだまだ続く。

2018年12月14日リンクURL

山城博治さん、稲葉博さんに不当判決 ~ 沖縄の平和運動弾圧裁判

辺野古、高江の抗議行動をめぐって、不当にも逮捕拘束され、一審で有罪判決を受けた山城博治さんと稲葉博さんの控訴審が今日(13日)開かれ、判決が言い渡された。

大久保正道裁判長は、被告側の無罪主張を退け、一審那覇地裁判決を支持し、二人の控訴を棄却した。

裁判の事前集会で山城さんは「今日、どんな判決が出るかで、日本の司法が国民の人権と自由を守る裁判所なのか、権力に迎合する裁判所なのかがはっきりする」と語ったが、残念ながら、この国の司法は、国民を守らない、権力の番人であることがはっきりした。

弁護団を代表して三宅弁護士は、「まずは結論ありきの判決。理屈は後からくっつけるというあり方。原告(警察官)の証言は信頼できるが、被告側の証言は信頼でいない、と切り捨てた。これはもう裁判ではない」と。

「民衆裁判をして、沖縄県民が、安倍晋三に判決を下そう!」と山内徳信会長。

夜は、報告集会が開かれ、不当判決を糾弾し、明日からの土砂投入に向けて最大の抵抗を!」と誓いあった。

2018年12月13日リンクURL