もろさわようこさんの追悼集刊行

 2024年2月に亡くなられた女性史家で思想家の故もろさわようこさんの追悼集が、このほど財団法人志縁の苑から刊行された。

 追悼集には葬儀に代わる「百寿の宴」をはじめ、長野、高知、沖縄在の活動拠点である各「家」でそれぞれ行われた「しのぶ会」の模様を収録した他、「志縁」で結ばれた30名の方々が、しのぶ言葉を寄せている。B5版 288ページ、厚さ1・5センチの重厚な仕上がりになっている。

 本書は、「志縁の苑」の記録誌(機関誌)の特集号として発行されるため、販売は行われない。

 志縁の苑の運営は、40年前の発足以来もろさわようこさんが理想とした無組織、無規則、無会費を貫き、関わる人それぞれが自らの責任でかかわりたいように関わり、その心と懐具合に応じ寄せられる「志金」によって営まれている。

  ◇ 追悼集目次

 ◇ 追悼集ご希望の方は、minamoto@ocs.okinawaにお問い合わせください。

 

 
 

2026年7月24日リンクURL

なんだか変だよね!こんな世の中 ~ 7月22日の辺野古

 辺野古へ向かうバスの中、東京の友人からLINEメールが届く。「天気予報見てると、北海道を除いて沖縄が一番涼しい!なんだか変だよね!(笑) でも、熱中症気をつけて!」と。

 背後に煙るのは、辺野古大浦湾に立ち上る入道雲。辺りの樹々の中からは「我ここにあり!」と、短い一生を懸命に主張するセミたちのさんざめきが聞こえる。 本来なら、のどかで幸せな故郷の風景である。それを享受できない社会になってしまった。なんだか変だよね!私たちはどこで道を間違えてしまったのだろうか! 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このところ、書きたいこと書かなければならないことがいっぱいありながら、時間がなかなか取れず、毎週水曜日の辺野古行動をupすることがやっとの状況が続き焦りを感ずる。

 昨日(22日)も午前4時半起き、午前中辺野古、朝食・昼食もまともに取れないまま、午後は沖縄市で、夕方から北谷で、それぞれ所属する市民グループの会合があり、夜8時過ぎに帰宅。
 夕食を済ませ、それから事務所に行くと、編集にかかわっていた書物が出来上がり、出版社から届いた500冊近い本の山を、他のスタッフの仕事の邪魔にならないよう片づける力仕事が待っていた。その後ブログのためにパソコンに向かう気力はもう残っていなかった。

 それは、単に忙しいだけではなく、年齢による体力・気力の衰えが目に見えて現れてきているのを、自覚せざるを得ない。

 今日も1日遅れのブログでご容赦あれ!
  
 

2026年7月23日リンクURL

悲しきかな「心貧しきネット右翼」の来襲 ~ 7月15日の辺野古

 台風一過の辺野古。まだテントなどの修復ができていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

テント村は屋根のカバーが取り除かれ、樹々は風にさらされた葉が赤茶けてしおれていた。

 炎天下での一回目の座り込み。灼熱の太陽を遮るほどの雲もなく、日差しがストレートに肌を刺す。さらにつらいのは、アスファルト道路からはねかぇってくる輻射熱は日傘でも防ぎようがない。熱中症に気をつけようと呼びかけかけあいながら座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件?が起きたのは、一回目の座り込みが終わり、みんなが次に備えてテントの下で休憩をとっているときだった。一人の若者が、携帯のカメラをこちらに向け、ニャニャしながらながら何やら叫んでいる。とっさのことで何事が起ったか理解できなかったが、どうやら抗議行動をしている私たちに挑発的な汚い言葉を投げつけながら、こちらの反応を映像に撮ろうとしているようだ。ようやく事態を理解した座り込みメンバーが規制すると「このテントは違法建築物だ。お前らに座り込む権利はない。今夜焼き討ちしてやる!」と、捨て台詞を遺して走り去った。 

 向かいの金網の中で、ゲートの警備をしているMP(軍警)が110番したそうで、パトカーが3台も来る騒ぎとなった。

 このところ抗議船の転覆事故にことよせて、ネット上で沖縄の基地反対行動を中傷するネット上の攻撃がバズっている。「イイネ」のぽっちが多いほど収入になるそうで、辺野古だけでなく、安和桟や平安座島の抗議行動の現場にも、たびたび現れているとのこと。何とサモシイことだろうか。 将来ある若者が、こういう生き方しかできない社会が悲しく胸が痛い。大人として責任を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     台風にしおれることもなく、薄紅色の花を咲かせてくれたアマリリスが、愛おしい。


 

「今日も一日ご苦労様でした」

 

 

2026年7月17日リンクURL