今年も慰霊の日がやってきます。午前中は沖縄県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が行われますが、民間団体は午後から魂魄の搭隣の広場で「国際反戦沖縄集会」を行うのが恒例となっています。

今年も慰霊の日がやってきます。午前中は沖縄県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が行われますが、民間団体は午後から魂魄の搭隣の広場で「国際反戦沖縄集会」を行うのが恒例となっています。

台風が過ぎたと思ったら津波、これも事なきを得たと思ったら、今度は大雨警報だ。日々つぶされるやんばるの山からしっぺ返しを受けているのではないだろうか?と、 ふとそんな思いが胸をよぎる。
沖縄では梅雨のことを「スーマンボース-」という。二四節気の「小満・芒種」である。後半の芒種に雨が激しくなる。まさに今日の辺野古は典型的な「芒種」の一日だった。
それでも一回目の座り込みはまだ傘は必要なかった。「警報」のせいで足元のおぼつかない方々は、他の迷惑になってはと、お休みを選んだ人が多かったようだ。 私の経験上今までで一番少い人数だった。







少ない人数は、ものの5分もせず排除されてしまった。後はときどき途切れながらも一時間近く続くダンプの行列に、メッセージボードで抗議を続けるしかない。

強制代執行による埋め立て工事があ始まる前まで座り込み場所だった第二ゲートで、先月から大型の工事が始まった。あの殺人鉄板が敷かれていた工事用ゲートだ。なにやら深く掘り込まれている。どうやら道向かいにあるキャンプ・ハンセンに繋がる古いゲートと地下で結ぶためのトンネル工事らしい。
2週間ほど前、現在空港から名護までを結ぶ高速道路が枝分かれして、キャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブをつなぐ、軍事専用道路計画があると、共同通信が報じた。「どうやら終点は辺野古らしい」と。
そうなると、嘉手納以北のすべての米軍基地が、一般道の交通渋滞に巻き込まれることもなく、基地に反対する市民の抗議行動にさえぎられることもなく、軍事専用の高速道路でつながり、北部一帯が一大軍事要塞化する。「辺野古ができても、普天間は返さない」という米軍の意図ともつながってくる。想像するだけで、背筋が凍る。

お口直しに、オオバナサルスベリの花をどうぞ!

今年も千葉県の女性たちから「辺野古で頑張っている皆さんへ」と、大量の梅干しが届きました。去る日曜日の集会と今日辺野古で合わせて 36名の方々にお配りしました。
「千葉の皆さん、ありがとうございます。みんなが毎年楽しみにしています」
◆ 私はこの後別の日程があり、午前中で辺野古を後にした。2回目の座り込みが始まる正午前には霧雨が降り出し、私が辺野古から路線バスに乗り込むころ、本降りになってきた。大雨の中、ゲート前に座り込むみんなの姿が浮かんできて、後ろ髪惹かれる思いで、2時間バスに揺られて沖縄市に向かった。
今年もアッという間に6月、慰霊の月を迎えた。80年前の沖縄戦の戦後処理もまだ充分に行えていないというのに、新たな戦前という状況が生み出されている、沖縄を最前線として。そんなことを許してはならない。
明日6日に行われる二つの講演会
◆ 憲法を活かす沖縄シンポジュウム「命どぅ宝」

◆内田正敏講演会「自衛隊と靖国神社を問う」

