泡盛・古酒造りは平和産業 ~ お勧め本「 泡盛天使の酒造所巡り」下地恵子著

 友人が本を出した。私も少なからず関わったので、紹介したい。

 本書読みながら、各酒蔵所の泡盛造りに対する深い想いに、何度も胸が熱くなった。そこには家業を守るという野心に止まらない、泡盛そのものに対する価値観、つまり泡盛愛、そして家族愛、郷土愛が滲んでいて、感応したからだ。

 それだけではない。古く琉球と呼ばれた時代から、沖縄戦で消滅した泡盛の奇跡的な復活、それぞれの酒屋にまつわるさまざまな出来事の背景に、沖縄の歴史物語りが見え隠れする。

 この本の魅力の一つは、何と言っても著者の泡盛天使こと下地恵子さんの軽妙な文章力にある。まるでしゃべっている彼女の声が聞こえてくるようだ。それもそのはず、本書はJTA機内誌「美ら島物語」の連載をまとめたものだが、その元となったのが、かつて著者がインタビュアーを務めたラジオ番組「泡盛天使が行く」(ラジオ沖縄)がきっかけなのだ。ラジオでは、酒蔵所だけでなく居酒屋、県内外の泡盛愛好家なども尋ねた。

 不思議だったのは自宅で古酒を育てている愛好家の多くが、「酒は飲めない人」だったことだ。ではなぜ古酒を?と聞くと「自分は飲めないが、古酒を飲んで喜ぶ友人たちと過ごすのが楽しい」とか。本書によれば、ある酒造所の営業車には「人の想いと心をつなぐ」と書かれているそうな。同じ原料、同じ製法なのに、酒造所によって味が違うのは、造り手の想いが反映されるからだという。加えて飲む人の想いも…。

 欲を言えば、生活文化の中の泡盛についても、もう少し酒屋ならではのウンチクを聞き出してほしかったなと思う。酒は「百薬の長」と言われるが、泡盛がまさにそうだ。

 私が子どもの頃、風邪をひいてせき込んでいると、おばぁが胸にヒル(ニンニク)酒を刷り込んでくれた。怪我には泡盛で消毒をしてから包帯を巻いた。虫歯がうずくと泡盛を口に含んで痛みをこらえた。沖縄そばとコーレーグース(唐辛子の泡盛漬け)、豚肉を使う琉球料理に泡盛は欠かせない。ニンニクの泡盛黒糖漬けの甕が、味噌甕とともに押し入れの奥に並んでいたことを思い出す。飲むだけでなく泡盛は私たちの日々の暮しの中で、今も生きている。そこに世界遺産たる所以もあろう。

 泡盛は仕次をすることで100年以上も熟成を続ける。しかしそれは平和なればこそだ。沖縄戦がそれを証明した。古酒泡盛造りは平和産業でもあることを、本書は教えてくれる。

 どうぞ、泡盛好きだけではなく、飲めないあなたも、本書片手に酒造所めぐりをして下さい。そこに「琉球}「沖縄」があります。

 

2025年11月23日リンクURL

あやかいびら!「カジマヤー」の祝い

 親戚のカジマヤーの祝いに招かれ、長寿あやかいびたん。(長寿のおすそ分け頂きました)

 沖縄では干支で長寿の祝いをします。今年は巳年、97歳の祝いです。

「カジマヤー」とは、風車のこと。97歳ともなると童心に返るという意味で、カジマヤーなのだそうです。

 この日の主人公・翁長安子さんは、かじまやー(風車)を持った6人のひ孫たちに導かれての入場ですが、少し足がお悪いだけで、いたって意気軒昂。ひめゆりの生き残りとして、直接戦争体験が聞ける数少ない語り部のお一人です。

 今年は特に戦後80年ということもあり、度々メディアにも登場、お忙しい日々を送っています。

 ひ孫たちが、大おばあちゃんへおめでとうのメッセージ。

 一緒にハッピーバースデイを歌い、ケーキカットで長寿と幸せのおすそ分け。大人たちは盃を頂いてあやかりました。

 

 

 

 

 「大勢が亡くなる中で生き残った者には、お役目がある。人間は一人では生きられない。みんながお互いに助け合って楽しく生きよう。それも平和でなければ……戦争の悲惨さ愚かさを後世に伝えるためにも、もう少し私を生かしてください」と謝辞を締めくくった。

 どうぞ 百二十(ひゃくはたち)まで長生きして、ご活躍頂きたい。

 出された料理も引き出物も豪勢だった。

2025年11月18日リンクURL

沖縄で もろさわようこさんを偲ぶ会

 沖縄を「もう一つのふるさと」と呼び、「ものごとを考える原点」とした女性史家・故もろさわようこさんを偲ぶ会が、去る1日と2日、南城市にある志縁の苑うちなぁで開かれた。

         <3月11日 沖縄タイムス>

 翌2日は、海が大好きだったもろさわさんが愛し、足しげく通った新原ビーチや百名の地を、みんなで散策し、在りし日のもろさわさんを偲ぶとともに 

 遠く久高島を臨む百名の海岸から、波間に浮かべた花々をお共に、魂のふるさと・ニライカナイへ!へとお帰りになるのをみんなで見送った。

 2日間の偲ぶ会で、参加者一同、もろさわさんが結んでくださった「志の縁」を、改めて確認し合い、その「志縁」の絆を、今後どう広げていくか、語り合った。生誕100年の今年、新たな一歩を踏み出したいと願いつつ…。

 

2025年3月12日リンクURL