羽化 飛び立つ ~ オオゴマダラ日誌 ⑩

 我が庭育ちのオオゴマダラが、今朝無事”蝶”になり飛び立ちました。


 今朝7時過ぎ、庭に降りるとさなぎはすでに羽化し、飛び立つ直前でした。残念ながら、さなぎから徐々にチョウになってゆく羽化の過程の激写は撮り損ねてしまいました。空になったさなぎの抜け殻が透明になっているところもご注目下さい。

 さなぎの期間は普通1週間くらいと聞いていたので、今日か明日かと待ちかねたここ数日、幼虫がさなぎになってから12日目のことです。

 それでは、その数日間を写真で振り返ってみましょう。

<7月18日>3匹目の幼虫確認       <7月23日>さなぎ初確認

 

 

 

 

 

 

 

 

<8月3日> 羽の部分が透明になり、目もはっきりと確認できます。羽化は一両日中と思われます。

 そして、今日午前7時過ぎ、羽化完了。後は飛び立つばかりです。

 これまた残念なことに、今朝は9時過ぎにはどうしても出かけなければならない用があり、その飛び立つ瞬間もカメラにとらえることはできませんでした。午後4時過ぎに帰宅すると、当然ながら飛び立った後でした。

 でも!オオゴマダラはほぼ年中卵を産み、幼虫、さなぎから蝶になるのは限定された季節ではないようなので、また羽化や飛び立つ様子など感動シーンを撮る機会はすぐにやってくることでしょう。次をお楽しみに!!

 飛び立った蝶が、生まれたところ(わが庭)へ戻ってくることもあるのでしょうか?ぜひ戻ってきてほしいものです。

2021年8月4日リンクURL

台風避難 中! ~ オオゴマダラ日誌 ⑨

 オオゴマダラ日誌、しばらくご無沙汰いたしました。6月18,19日に確認されたオオゴマダラの幼虫、そろそろ黄金のさなぎに変身している頃かと、関心のある方は気になっていらっしゃるかもしれませんね。

 実は、残念ながら2匹の幼虫、確認3日もせずして、消滅してしまいました。たぶんヒヨドリや鳩、スズメなど鳥たちの餌食になってしまったと思われます。改めて自然界の生存競争の厳しさを思い知らされました。期待が大きかっただけに、私もすっかり気落ちして日記に記す気力も持てませんでした。

 ところがです。あれからひと月後の7月18日、再び幼虫確認!三匹目目です。うれしかった!!オオゴマダラさん、頑張ってくれたようです。

<7月18日>

 自然界に介入することは、あまりいいことではありませんが、今回は私も少し手を貸そうと思い、ホウライカガミの鉢をネットで覆うことにしました。オオゴマダラがとまるのには邪魔にならず、ハトやヒヨドリは入れない程度の目の粗い網をかけました。

<7月20日>

 台風接近でまた別の心配が出てきました。風で幼虫が飛ばされないよう、またホウライカガミの葉っぱが傷つかないよう保護する必要があります。鉢を風当たりの少ない建物の陰に移動することにしました。ところが肝心の幼虫の姿が見えません。葉っぱの裏も一枚一枚ひっくり返して探しましたが見つかりません。「またか!」とがっかりです。

 でも、ホウライカガミを守るために鉢は移動しなければなりません。少々大きめの鉢を2個、ヨッコラショと1メートルほど移動させたました。そうしたら、いたのです!

 かなり強くなってきた台風の風をよけるように、鉢の反対側に隠れていました。自らちゃっかり台風避難をしていたのです。彼らも身を守る術は持っているんですよね!見くびってはいけません。

<7月22日> 台風が沖縄本島最接近、通過中! 

  大雨の中、ベランダの軒下で元気にホウライカガミの葉を食んでいます。

<7月23日>

 朝7時、一枚の葉の裏に幼虫が頭を下にぶら下がっています。「さなぎになる準備だ!」と直感。今日は一日観察しなくっちゃ!

 9:00 朝食を済ませ、カメラを手に観察に行くと、えっ!もうさなぎ姿になっていました。早っ!2時間前まではまだ毛虫のままだったのに。(残念!写真がない!)

 まだ幼虫時代の黒い斑点が見えます。これがさらに黄金色に輝くのです。そして華麗なオオゴマダラに…。これからしばらく目が離せない毎日が続きます。

 

 

 

 

2021年7月23日リンクURL

琉球舞踊 女性を人間国宝に認定

 二つの意味で画期的なことである。琉球舞踊というジャンルでしかも女性が人間国宝に認定されたということで。50年近く琉球舞踊の稽古を続けている者として女性として、私にとっても久々にとてもうれしい出来事だ。

 これまで沖縄の芸能分野から8人の人間国宝が認定されているが、三線、太鼓の地方がほとんどで全員男性、舞踊界からは組踊の立ち方が1人認定されているがこれも男性(女形)である。ヤマト文化の中で、能や歌舞伎で女性がいない世界がそのまま踏襲され、琉球古典芸能においても女性は疎外されてきた。琉舞実演家の90%以上が女性であるにも関わらず、である。

 琉球舞踊が国指定の無形文化財に指定された2009年から10年余経ってやっと人間国宝が認定され、それが女性だった背景には、いまでこそ県立芸大ができ、国立劇場ができたことで若手の男性舞踊家も増えてきたが、人間国宝にふさわしい男性舞踊家に成長するには、この後何十年かかるかわからないという状況があり、仕方なく女性を認めたのであろうと思われる。それでも女性に道が開かれたことは確かである。

 廃藩置県によって琉球王国崩壊後、琉球舞踊の技を守り続けてきたのは女性たちである。琉球舞踊界には錚々たる女性の踊り手が層厚く存在する。「すぐにも十数人の人間国宝が誕生してもおかしくない」ほどに。いわれなき「伝統」の性差別に風穴が開いた瞬間である。ただ、国家権力に取り込まれることの警戒感、不快感はぬぐえない。

 

2021年7月17日リンクURL