「工事中止は現実的でない?」 ~ 立民の本音が露呈 今日(1月21日)の辺野古

 昨日の最高気温21度から、今朝はいきなりー6度との予報。確かに辺野古は寒かった、冷たかった。

 しかし、「辺野古新基地の中止は現実的ではない」という立民・安住幹事長の言葉に比べれば、大したことはない。安住幹事長の発言は、つまり辺野古推進ということだ。辺野古で座り込む沖縄の人間にとっては、冷水、氷水を浴びせられたようなものだ。しかも泥水。

 沖縄からの強い反発で、新党としてまだ話し合ったわけではないと、一応取り消したようだが、しかしこれが”本音”であろう。これまでも見え隠れしていた。しかも選挙直前にこのような発言が軽々しくできるということは、彼らにとって、”沖縄の民意など”大した問題ではない、この程度のもの” ということである。それにしても腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は5隻のサンドコンパクション工事船が、頭をのぞかせていた。やはり打ち込み作業はしていないという。

 

 

 

 

 

 

 千葉から来たという方々が手作りのメッセージボードを持ってきてくれた。

 名護市長選の選挙カーが、ゲート前を何度も通る。辺野古反対の女性市長をぜひ誕生させたいものだ。翁長クミコ候補が言うように「相手は現職ではない。国との闘い」である。野党第一党が辺野古など眼中にないのに、自民党側は国を挙げて名護市長選挙を戦っている。辺野古新基地の運命がかかっているからだ。

 2回目の座り込みは、少し雨がぱらつき、寒さがいっそう身にしみた。

 待ちに待ったお昼時間、毎週暖かいみそ汁を用意してきてくれる人がいる。野菜、肉団子、お豆腐と、具たくさんの贅沢みそ汁の味は、寒いほどありがたさが増す。感謝していただいた。

 

 

 

 

 

 

 

 三回目は、ついに雨が本格的に振り出した。傘をさしていても完全に防ぐことはできない。雨が服の中にしみこみ,寒くて震えながら1時間近く耐えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントの裏の土手に、タンポポのような黄色い花がたくさん咲いていた。近づくと、ニガナの一種のようだ。調べたが、正式な名前がわからない。

 今日は、高速道路の工事に伴う渋滞を避けるため、いつもより10分早く那覇を出発した。それで何とか排除がはじまる7分前にゲート前に到着した。八重岳では先週末から、日本一早い桜祭りが始まっている。「冬来たりなば、春遠からじ」 辺野古問題の冬は乗り越えられるか!沖縄よ!

 

2026年1月22日リンクURL

泡盛・古酒造りは平和産業 ~ お勧め本「 泡盛天使の酒造所巡り」下地恵子著

 友人が本を出した。私も少なからず関わったので、紹介したい。

 本書読みながら、各酒蔵所の泡盛造りに対する深い想いに、何度も胸が熱くなった。そこには家業を守るという野心に止まらない、泡盛そのものに対する価値観、つまり泡盛愛、そして家族愛、郷土愛が滲んでいて、感応したからだ。

 それだけではない。古く琉球と呼ばれた時代から、沖縄戦で消滅した泡盛の奇跡的な復活、それぞれの酒屋にまつわるさまざまな出来事の背景に、沖縄の歴史物語りが見え隠れする。

 この本の魅力の一つは、何と言っても著者の泡盛天使こと下地恵子さんの軽妙な文章力にある。まるでしゃべっている彼女の声が聞こえてくるようだ。それもそのはず、本書はJTA機内誌「美ら島物語」の連載をまとめたものだが、その元となったのが、かつて著者がインタビュアーを務めたラジオ番組「泡盛天使が行く」(ラジオ沖縄)がきっかけなのだ。ラジオでは、酒蔵所だけでなく居酒屋、県内外の泡盛愛好家なども尋ねた。

 不思議だったのは自宅で古酒を育てている愛好家の多くが、「酒は飲めない人」だったことだ。ではなぜ古酒を?と聞くと「自分は飲めないが、古酒を飲んで喜ぶ友人たちと過ごすのが楽しい」とか。本書によれば、ある酒造所の営業車には「人の想いと心をつなぐ」と書かれているそうな。同じ原料、同じ製法なのに、酒造所によって味が違うのは、造り手の想いが反映されるからだという。加えて飲む人の想いも…。

 欲を言えば、生活文化の中の泡盛についても、もう少し酒屋ならではのウンチクを聞き出してほしかったなと思う。酒は「百薬の長」と言われるが、泡盛がまさにそうだ。

 私が子どもの頃、風邪をひいてせき込んでいると、おばぁが胸にヒル(ニンニク)酒を刷り込んでくれた。怪我には泡盛で消毒をしてから包帯を巻いた。虫歯がうずくと泡盛を口に含んで痛みをこらえた。沖縄そばとコーレーグース(唐辛子の泡盛漬け)、豚肉を使う琉球料理に泡盛は欠かせない。ニンニクの泡盛黒糖漬けの甕が、味噌甕とともに押し入れの奥に並んでいたことを思い出す。飲むだけでなく泡盛は私たちの日々の暮しの中で、今も生きている。そこに世界遺産たる所以もあろう。

 泡盛は仕次をすることで100年以上も熟成を続ける。しかしそれは平和なればこそだ。沖縄戦がそれを証明した。古酒泡盛造りは平和産業でもあることを、本書は教えてくれる。

 どうぞ、泡盛好きだけではなく、飲めないあなたも、本書片手に酒造所めぐりをして下さい。そこに「琉球}「沖縄」があります。

 

2025年11月23日リンクURL

あやかいびら!「カジマヤー」の祝い

 親戚のカジマヤーの祝いに招かれ、長寿あやかいびたん。(長寿のおすそ分け頂きました)

 沖縄では干支で長寿の祝いをします。今年は巳年、97歳の祝いです。

「カジマヤー」とは、風車のこと。97歳ともなると童心に返るという意味で、カジマヤーなのだそうです。

 この日の主人公・翁長安子さんは、かじまやー(風車)を持った6人のひ孫たちに導かれての入場ですが、少し足がお悪いだけで、いたって意気軒昂。ひめゆりの生き残りとして、直接戦争体験が聞ける数少ない語り部のお一人です。

 今年は特に戦後80年ということもあり、度々メディアにも登場、お忙しい日々を送っています。

 ひ孫たちが、大おばあちゃんへおめでとうのメッセージ。

 一緒にハッピーバースデイを歌い、ケーキカットで長寿と幸せのおすそ分け。大人たちは盃を頂いてあやかりました。

 

 

 

 

 「大勢が亡くなる中で生き残った者には、お役目がある。人間は一人では生きられない。みんながお互いに助け合って楽しく生きよう。それも平和でなければ……戦争の悲惨さ愚かさを後世に伝えるためにも、もう少し私を生かしてください」と謝辞を締めくくった。

 どうぞ 百二十(ひゃくはたち)まで長生きして、ご活躍頂きたい。

 出された料理も引き出物も豪勢だった。

2025年11月18日リンクURL