6000日を超えた 辺野古浜のテント村 ~ 9月23日の辺野古

 今日も最高気温30超の予定。「暑さ寒さも彼岸まで、と言うけどホントね」などと会話が聞こえる辺野古行きのバスの中。同じ30度でも日差しの強さがかなり違うのを感じる。木々の間を縫って吹く風が涼しい。

 

 8時過辺野古ゲート前に着くと、テントの上に茂るモクマオウや松の葉や実が散乱していた。立て続けにやってきた台風で、痛めつけられた木々が古い葉を落とし、新芽を噴き出していた。

 今日のゲート前行動は、テント前の清掃から始まった。お掃除もみんなでワイワイやると、楽しく、早く終わるからふしぎだ。

 9:00のの搬入に向けて30人余が座り込む。

 コロナを避けて自粛を続けていた島袋文子さんも久しぶりに元気な姿を見せた。

 

 一回目の座り込みが終わり、テントに引き上げて来ると、いつも差し入れが待っている。今日は甘辛醤油だれの焼餅だった。

 1回目の座り込みが終わり休憩に入ったところで、雨が降り出し、12:00の2回目の座り込みは、大雨の中での抗議行動となった。

 座り込みの合間を縫って先日6000日目を迎えた浜のテント村を訪れた。

 このテントでの座り込み6000日の以前に、地元のおじぃ、おばぁたちが闘争小屋をつくって座り込んだ8年(2639日)の闘いがある。合わせて25年にわたる非暴力の抵抗がここに印されている。なまなかのことでは続けられない年月だ。

 浜のテントからは、埋め立て地の護岸工事の様子が遠望できる。今日は、カヌーや抗議船の海上行動が、安和桟橋で行われていることから、浜のテントは静かだった。

 オール沖縄会議では、コロナのため休止している毎月第一土曜日に開催の「辺野古県民大行動」を、10月から再開すると発表した。4月以来半年ぶりの開催となる。県外からのゲート前行動参加自粛も10月解除する。

 

 

 

2020年9月24日リンクURL

街頭で「意見書」提出の呼びかけ ~ オール沖縄会議

 オール沖縄会議は、今日(19日)から県長前の県民広場で、辺野古設計変更申請への意見書提出の呼びかけを開始した。

 高良鉄美参議院議員や、比嘉京子県議、平和市民連絡会の土木技師・北上田毅さんらが、道行く県民や県外からの観光客に協力を呼び掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの人たちが呼びかけに応じて、街頭でも記入しやすいよう工夫された意見書用紙に、次々記入し、意見書箱に投函していた。

 

 

 

 

 

連休で沖縄を訪れたというカップルは「気になっていたが思いがけずこんなところで意見書提出ができてよかった!」と自ら駆け寄るようにしてペンを執り書き込んだ。

 

 

街頭での呼びかけは28日まで続けられる。

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月19日リンクURL

新基地建設は「海」だけでなく、 ふるさとの山、川、森も破壊する

 辺野古の新基地建設がはじまってから、日本で唯一3頭の生息が確認されていた「ジュゴン」3頭のうち1頭(母ジュゴンB)が死に、父ジュゴンAと子どものジュゴンCの2頭も行方不明となっている。これら3頭のジュゴンは沖縄本島北部の近海を生息域とし、いま埋め立てが進んでいる辺野古崎の沿岸が最大の餌場であった。

 県民の強い反対を無視して、新基地建設を強行している国は、「ジュゴンへの影響はない」と言い続けているが、国際的な環境保護団体IUCN(国際自然保護連合)やWWF(世界自然保護基金)は、具体的なジュゴン保護策を示すよう日米両政府に何度も要請しており、現状について、「日本のジュゴンは絶滅した可能性がある」と、強い懸念を発表している。もし、そうなら、国は天然記念物の「ジュゴン」を自らの手で壊滅に追い込んだことになる。

 一方、国はもう一つの自ら指定した天然記念物を破壊の危機に追い込んでいる。辺野古新基地建設の埋め立て土砂を輩出している琉球セメント安和鉱山の真下を流れる「塩川」は、世界でも2例しか存在しない塩水が流れる川として、1947年に、国の天然記念物に指定された。

 その「塩川」が、雨が降るたびに血のような赤土の流れる川と化し、赤土の汚泥に埋まりつつある。 

指定年月日:昭和47年 5月15日
所 在 地:本部町字崎本部塩川原
そ の 他:昭和45年7月14日、「本部町の塩川」として琉球政府指定天然記念物

 沖縄島の本部半島にある塩川は、幅が約4m、長さおよそ300mの小川です。この川は昔から地元では「スガー」と呼ばれ、その名のとおり流れる水が塩からいことで有名です。これは海水が真水でうすめられて湧き出しているためで、世界でもあまり例のない珍しい川です。なぜ海水が湧き出すのかはわかっていません。おそらく地下の岩の割れ目に海水が入りこみ、地下で山からの真水と混ざりあい、地下水の圧力で押し出されているのでしょう。
 塩川には、普通の川に見られる生きものの他に、ムカシエビやシオカワモッカといった貴重な生きものもすんでいます。<沖縄県教育委員会(1993)「沖縄の文化財I-天然記念物編」より>

 

 

 

 

 

 

 

 

  先日(16日)、辺野古の座り込みの合間を見て、「塩川」のある本部町塩川原を訪れた。

 辺野古の埋め立て土砂が搬出されている本部塩川港を100メートルほど過ぎた国道沿いに、標識が立っており、すぐにわかる場所に国指定天然記念物の「塩川」はあった。

 国指定の天然記念物にしてはお粗末な表示版。

 表示板から2~3メートル奥に進むと「塩川」の入り口がある。

 岩間から水が湧き出ているが、水溜まりは半分以上はヘドロ状の赤土で埋まりかけている。かつては澄み切った清らかな水を湧き出していた塩川。定点観察をしている人の報告によると、近年は雨が降るたびに真っ赤な泥水を吐き出すようになったという。一週間ほど晴天気が続くと、最高でこの程度に澄んでくるが、これ以上きれいな水にはならないと嘆いていた。

 雨が降った日の翌日の塩川。まるで血の川のよう。

 その影響は海にまで及ぶ。

「塩水が流れる川は、ここ塩川とプエルトリコの二か所しかなく、貴重な川である」と記されている。

 小さな橋を渡り下流に目を向けると、「ゆうな」の大木が川覆うように生えており、その下を勢いよく水が流れている。かなりの水量がある。「塩川」もさることながら、この「ゆうな」の大木も天然記念物級だ。

「本当にしょっぱいのか?」 ここまで来たら確認しないわけにはいかない。水に手を浸そうと岸辺の干潟のようなところに片足を下ろしたら、「ブスッ」と足首まで埋まってしまった。堆積した赤土はヘドロ状になっていた。(写真を撮っておくべきだったが、反射的に飛びのいて足をあげてしまった)

 流れを追って下流に向かうと途中に、「火の神、滝の上、泉の神」を祀った拝所もあり、地域の人たちの信仰の対象となっている大切な場所であることがわかる。

 長さが300㍍の短い川は、最後に集落の横を通り、国道をくぐって海に流れ出るようになっていた。下流でもやはり水は白濁していた。

 これらの赤土の原因が、「塩川」の真上まで迫ってきた、辺野古埋め立て土砂の掘削している安和鉱山の存在だ。

 <塩川の真上に迫る安和鉱山>

 ドローンによって上空から映し出された安和鉱山。海に突き出しているのが辺野古土砂搬出の本部市塩川港。左下道路沿いの緑の中に国指定天然記念物の「塩川」がある。「塩川」のすぐ真上まで掘削が進んででいることがわかる。元々は生物多様性豊かなやんばるの森の一部であったはず。凄まじい破壊に息をのむ。

 今回の「設計変更申請」で国は、辺野古の埋め立て土砂を県外から船で運ぶとしていた計画を取りやめ、沖縄県内全域に拡大変更した。それは、安和鉱山のような破壊が県内各地で起ることを意味している。辺野古の埋め立て土砂の量は膨大で、これまでに使用した土砂は、まだ全体の5%に過ぎない。深海90㍍を埋める土砂の採取は、ほとんどがこれからなのだ。

 新基地建設は、地球的な「奇跡の海」を破壊するだけでなく、私たちの暮らしの身近な山や川、森など愛する故郷の地を破壊する。

2020年9月18日リンクURL