琉球セメントさん!県民を裏切らないでください ~ 今日(1月23日)の安和桟橋行動

今月から毎週水曜日は、法を犯して辺野古埋め立ての土砂搬出港になってしまった琉球セメント安和桟橋への集中行動日となっている。

6:30に那覇を出発するときは、満月の名残をたたえた大きなお月様が、西の空でほほ笑んでいた。

 8:00安和に到着すると、土砂の搬入はすでにはじまっていた。

 

トラックが桟橋まで運んできた赤土は、沖合の土砂運搬船(台船)までベルトコンベアーでスルスルと積み込まれる。

安和では、辺野古のようにゲートに座り込むのではなく、山城博治さんの指揮のもと、機動隊に介入の口実を与えないために、ゲート前の歩道をひたすらゆっくり行ったり来たり歩き続けることで、土砂を積んだトラックの侵入を遅らせるという順法戦術がとられている。

土砂を積んだダンプは、港の前を通る国道を南下してくる。この道路には港に入るための右折信号がなく、青信号で直進車両が途切れた時だけしか土砂を積んだトラックは港に.入ることができない。

しかも、歩行者である私たちが青信号に従って直進車両と同時にゆっくりとゲート前を横切っているので、ますます右折しにくくなる。結局、横断している私たちを、機動隊が押しのけるようにして、トラックを通すのだが、一回の信号で右折できるのはせいぜい1台か2台。通常の半分以下になるのだという。

しびれを切らしたダンプが、ときどき赤信号を強引に右折して突っ込んでくる。

ただ、抗議する私たちも、ゆっくりとはいえ長時間歩き続けることは、なかなかしんどい。休息は1時間に一回5分だけ。夕方までには数時間歩き続けることになる。

しかし、寒い中海の上で海保と対峙して身体を張っているカヌーチームのことを思えば、この程度は何でもない。今日も十数隻のカヌーメンバーと抗議船が、土砂運搬船の出港を引き留めて頑張っていた。

横断歩道をゆっくりと渡るのも抵抗戦術の一つ。今日は風は冷たかったが、お天気がよかったので、とても快適なウォーキング日和だった。

沖縄防衛局は「岩ズリ」と言い張っているが、トラックが運んでいるのは、どう見ても赤土である。

サンゴが、ウミガメが、ジュゴンが泣いている。

この隣には「琉球セメントさん、県民を裏切らないでください」と書いた大きな横断幕が掲げられていた。

2019年1月23日リンクURL

国、軟弱地盤を認める ~ 辺野古埋め立て

国が、埋め立てて米軍飛行場をつくるはずの大浦湾に、とてつもない軟弱地盤が存在することを、ついに認めた。

沖縄県は、これまで何度も軟弱地盤の存在を指摘して、国に問いただしてきたが、「調査中」としてひた隠しにしてきた。それがついに「軟弱地盤」の存在を認め、設計概要の変更を、沖縄県に提出する方針でであることを明らかにした。沖縄県は「変更」を認めないとしている。

国は、2014年にはすでに軟弱地盤の存在がわかっていたにも関わらず、ここまで隠し通してきたのは、この間に衆参の国政選挙、名護市長選、県知事選など、重要な選挙が相次いであり、辺野古埋め立て手続きに多くの許可権限を持つ、名護市長や県知事を政権側に奪還して後に、という思惑があったからに他ならない。

名護市長選はうまくいったものの、国政選挙、翁長知事、玉城知事と続いて「辺野古NO」の民意の壁を突き破れず、苦肉の策として、数々の違法を重ねて、とりあえず工事の進めやすい浅瀬部分に土砂を投入し、「埋め立てが始まった」という既成事実をつくったうえでの発表となったものと思われる。

土木の専門家は、大浦湾の軟弱地盤改良工事は、国内有数の大規模で技術的にも難易度の極めて高い工事となり、膨大な費用と長い工期(5年以上)が必要、としている。

辺野古新基地建設は、軟弱地盤のほかに、危険な活断層、周辺民間施設の高さ制限、滑走路が米軍の使用基準より短い、などいくつもの難題があり、市民側の専門家は、「今回国が軟弱地盤を認めざるをえなかったのは、工事がとん挫する助走に過ぎない」と、している。

2019年1月22日リンクURL

「第2回米朝会談は沖縄で! 」 ~ 今日(1月19日)の辺野古

6:30まだ真っ暗な中、那覇を出発。高速道路(沖縄自動車道)の中城を過ぎたあたりから日の出の気配がしてくる。

伊芸サービスエリアで休息。東の空に初日の出のようなでっかい太陽が昇ってきた。

<7:40、辺野古ゲート前に到着>

県外から参加の女性三人組、座り込みを前に「頑張るぞ!」と気合を入れて記念撮影。

 フェンス沿いのプランターの花が、植え替えられて色鮮やかに元気を取り戻していた。

テントスタッフによると、今日は、工事車両の動きがまだ確認されないという。県警機動隊もまだやってこない。それでも9時前にはゲート前で座り込みを開始。

100名近くが坐りこんだ。東京、京都、大阪、群馬など県外からの参加者も多い。いつもなら、私たちの後ろにずらっと30人は並ぶアルソックの警備員も今日は数名しかいない。今日はトラックの搬入はなさそうだ。

琉球セメントの安和桟橋でも、土砂の搬入の動きはないとの報告。

しかし、辺野古の海のほうでは、土砂を積んだ船3隻が大浦湾に入り、カヌー10隻と抗議船3隻が抗議行動を展開中とのこと。冷え込んだ海上で、海保に海に突き落とされ拘束されてもなお、何度も何度も体制を立て直して立ち向かっていくカヌー隊の決死の姿に頭が下がる。

今日は工事用ゲートからのトラックによる土砂の搬入はないとの判断で、11時前にはテントに移っての集会に切り替えられ、参加した各島ぐるみやグループから地域での活動報告が行われた。

試験休み中なので、座り込みに来たという沖縄の大学で学ぶ県外出身の若者。「先月14日の土砂投入の瞬間を海上からこの目でしっかり見た。悔しかった。安倍政権のやり方はナチスのやり方と同じ。沖縄の闘いが、安部政権の本質をあぶりだし、全国の人たちを動かしていく原動力になる。あきらめてはならない」と。頼もしいい若者たちが増えている。

参加者の一人から興味深い提案があった。「日米同盟のそもそもの根源は、米ソ対立の最前線となった朝鮮戦争にある。冷戦構造が崩壊しても朝鮮戦争は停戦したまま今日に至っているが、昨年の米朝会談で朝鮮戦争が終結の方向に向かっている。

しかし、朝鮮戦争が終わってしまっては困るのが『戦争屋』の安倍政権。表立って反対とは言えないが、朝鮮戦争が続くよう画策、悪あがきをしているというのが今の状況。第2回の米朝会談の場所が選定中と言われている。いま、米朝会談の最適地は沖縄ではないだろうか?玉城知事からアメリカへぜひ提案してもらいたい」。この妙案に拍車が沸いた。

ゲート前行動は正午に終了。平和市民連絡会と那覇島ぐるみのバスは、午後1時半から那覇で行われた辺野古新基地反対県民投票連絡会の「那覇総支部大集会」に合流した。

安倍政権の県民投票つぶしを糾弾し、「安倍政権が最も恐れる県民投票を成功させ、辺野古NOの圧倒的民意を突き付けよう」と確認し合った。

 

2019年1月19日リンクURL