
かつて那覇市に平良良松という名市長がいた。1972年5月15日・沖縄復帰のその日、沖縄県憲法普及協議会が発行した憲法手帳の序文が、今も新しい。

辺野古ゲート前では、いろいろな情報や資料がもらえる。このチラシも辺野古でいただいたもの。1972年の沖縄の状況が垣間見えるが、いま読んでも少しも古く感じない。復帰から50年余も経つというのに少しも変わらぬ、いやますますひどくなる「沖縄」に胸かきむしられる思いがする。
自維政権によって、再び改憲の動きが息を吹き返した。さらなる戦争への危機が高まる。それは絶対に許してはならない。先人の闘いに学ぼう。
※ 平良良松:1968年、那覇市長選に沖縄社会大衆党から立候補し初当選。沖縄返還を経て、1984年まで4期市長を務める。市長在任中は沖縄革新の代表的な一人として米軍基地の撤去を主張し続けたほか、1972年の12月から1073年2月まで間、自衛隊員の住民登録申請の受付を停止する措置を取った。
「差別」は権力を持つものが、その支配をしやすくするためにつくりだしたもの。それぞれの差別の中にさらに女性差別があり、女性は二重、三重にも差別される。と言ったのは、女性史家で思想家のもろさわようこさん。まさに性暴力の根源もそこにある。

