安倍総理の「積極的平和主義」は「盗用」

平和学の権威 ヨハン・ガルトゥング氏の講演会「『積極的平和』と沖縄」(琉球新報社・新外交イニシアティブ主催)が、22日、浦添市で行われました。

ガルトゥング氏は、「平和」を戦争のない状態と捉える「消極的平和」に加えて、
貧困、抑圧、差別など「構造的暴力」のない「積極的平和」を提唱したことで世界的に知られ、「平和」の概念に画期的な転換をもたらしたとして、平和学の父と呼ばれています。
これまで「積極的平和」の手法で100以上の国家間、宗教間の紛争を調停、解決したと言われています。

講演中のガルトゥング氏

講演中のガルトゥング氏

講演のなかでガルトゥング氏は、
武力の強化で抑止力を高めことが平和をもたらすとする安倍総理が
「積極的平和主義」と称していることに対し、

ガルトゥング氏が提唱する「積極的平和」の「盗用」である上に、まったく逆の意味で使っていると述べ、
軍事同盟である「集団的自衛権」「安保(戦争)法案」は、時代遅れ、過去の遺物である。「平和」どころか、北京や北朝鮮に軍事力の増強を促すサインとなっていると、平和学者だけあって表情は穏やかながら痛烈に批判しました。

安倍政権が「集団的自衛権」や「戦争法案」の口実としている尖閣、竹島、北方領土など具体的な問題を例に、
中国、韓国、北朝鮮、ロシア、台湾、日本の6か国で北東アジア共同体を組み仲良くすること。その本部を沖縄に置くことを提案。

その際、「積極的平和」の手法は、相手を批判して敵に回すのではなく、
基本的には共有し、共同で管理、そこからもたらされる成果は対等に分かち合うこと。
必ず目指す理想像を描き、ゴールは何か、手法は正しいか、人権は守られているかを検証、これらに鑑みてどういうことが実現可能かを当事者同士が直接会って話し合い、小さな実績を積み上げていくことが大切。核の傘ではなく、平和の傘を築きましょう」と呼びかけました。

さらに、「私は沖縄のみなさんと賭けをしてもいい。5年後の2020年には「積極的平和」が世界の潮流となり、北東アジア共同体の時代に向かっているでしょう」と言い切りました。

講演会に先立って、辺野古・大浦湾を視察し、ゲート前で座り込みの人たちと交流した感想を問われたガルトゥング氏は、「沖縄は、可能性の大きい将来性の豊かな島。これまで日本の圧力に抑え込まれ、その力を十分に発揮できなかったことがとてももったいない」と語りました。

ガルトゥング氏は、1996年、宜野湾市で行われた国際平和シンポジウムに出席するため沖縄を訪れ、その折、基地・軍隊の構造的暴力をガルトゥングと女性たち女性の視点でとらえ「武器に依らない平和を」と活動する沖縄の女性たちと語り合いました。そこへ私も同席していましたので、今日の講演会はとても興味深く聞かせて貰いました。

2015年8月22日リンクURL

今日(8月21日)の辺野古~すっごい人・人・人

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作業停止中のゲート前は早朝行動がないので
今日も10時那覇出発の「島ぐるみ会議辺野古バス」で行った。

11時半、辺野古に着くとテントの下は、
すでに座る場所がないほどの人で埋まっていた。

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毎日ゲート前に通う常連の他に、夏休み中の高校生や中学生、家族連れ、
そして、県内で開催中の全国教研集会の教師の方々という。
熱い連帯の挨拶が続いた。

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午後も県外からの参加者が続々。
大人数でやってきたのは、明後日浦添市内で開かれる
「全国教育うたごえの祭典」に参加するため全国から沖縄を訪れたみなさん。
「せっかく沖縄に行くのなら、ぜひ辺野古へ」と前日入りしてゲート前に
やってきたという。得意の合唱も披露してくださった。

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<戦争はイヤだ!>と歌う

<戦争はイヤだ!>と歌う

 

こちらはJRの労働組合の方々。11月に国の安全保障を問うシンポジウムを、沖縄で開催するための協力要請と打ち合わせに来たという。

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こちらは、オーストラリアから来た家族。

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看板を囲んで記念撮影!

辺野古に来たぞう!

辺野古に来たぞう!

 

琉球シールズを立ち上げた若者。22日に北谷の美浜で初の行動として学習会を、全国の若い仲間と連動しながら行い、30日には10万人で国会包囲を。同時に全国では100万人規模で連帯行動を目指しているという。

国会前で「戦争法案」に反対して目覚ましい活動を展開している若者たち・シールズは、辺野古の泊まり込み行動で学び、「僕たちは東京近郊に住んでいるので、東京で行動を起こします」とシールズを立ち上げた。沖縄出身で東京の大学に在学中の彼はその中心メンバーの一人である。

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花の絶えないゲート前

花の絶えないゲート前

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不屈の座り込み411日目の辺野古でした。

 

2015年8月21日リンクURL

辺野古抵抗の歌 ⑥~山城博治讃歌

辺野古ゲート前の監視・座り込み行動は
山城博治さんのリーダーシップがなければ、ここまで続き・広がらなかったかもしれない。その強い意志と人間味あふれる人柄は、対峙する機動隊さえも一目も二目も置くほどの存在です。

当初からゲート前行動を指揮してきた山城さんが、病気療養のためやむなく現場を離れてからも、「こんなとき、山城さんならどうしただろう」とみんなが考え行動する羅針盤になっていました。

「秋には病気を治して戻ってきます」、その言葉通り現場復帰も近いとの知らせが届いたゲート前に「山城博治讃歌」が高らかに響きます。

山城博治讃歌を唄う  ISOさん

山城博治讃歌を唄う ISOさん

山城博治讃歌
作詞・曲・歌:ISO

1、山城博治 われらのリーダー
正義を貫く 熱い人
機動隊にはめっぽう強いが 若い女子にゃ ピーヒャララ
山城博治 ゲート前が似合う男(やつ)

2、山城博治 辺野古のヒーロー
ウチナーの未来を背負う無精ひげの人
平和を語れば誰にも負けぬが 歌のセンスはピーヒャララ
山城博治 ハンドマイクが似合う男(やつ)

3、山城博治 ヤンバルの星
辺野古から世界を変える人
愛と勇気に心は光るが 踊りのリズムは ピーヒャララ
山城博治 シュプレヒコールが似合う男(やつ)

 

、14日 沖縄タイムス>

14日 沖縄タイムス>

2015年8月16日リンクURL