大浦湾を埋める7万1千本の「砂杭」を可視化 ~  4月5日の辺野古

 昨日(4月5日)は毎月第一土曜日キャンプシュワブメインゲート前で行われる辺野古官民大行動が開催され、およそ600人(主催者発表)が参加した。


 玉城デニー知事のメッセージをはじめ、各市民団体や県出身国会議員の代表などがそれぞれ活動報告を行った。 

 糸満島ぐるみの会では、地盤改良のため大浦湾に打ち込まれる7万1千本の「砂杭」を「つまようじ」で表現した地図を披露、「生物多様性豊かな海を破壊して強行されている辺野古新基地工事への怒りを、1本1本の爪楊枝に込めて刺した。これを国会に持っていき、全国民に工事の無謀さを伝えたい」と訴えた。

7万1千本のつまようじが、辺野古大浦湾の埋め立てがいかに無謀な工事であるかを見事に可視化したボード。

また、もう一つ会場で目を引いたのが、その杭に使われる海砂の採取が、沖縄本島各地の海岸で始まっており、バキューム船で大量の砂をはぎとられ、護岸が浸食されてむき出しになった海岸線など自然破壊の様子を写した写真展。

 沖縄の海岸線から砂浜が無くなってゆく恐ろしさが実感された。

           <現在海砂採取が行われている地域>

 改めて「新基地建設NO!」を決意した4月の辺野古県民大行動だった。

 

 

 

 

2025年4月6日リンクURL

自分たちのアイデンティティを取り戻す機会 ~ 沖縄ルーツの世界の若者たち 今日(4月2日)の辺野古

 小雨が降り続く中、午後から晴れるとの予報に期待して辺野古へ向かう。ここ数日ワカリビーサ(別れ寒さ)が続いていたが、幸い少し寒さは緩み震えるほどではなかった。

 昨日(1日)は、80年前米軍沖縄本島(読谷)へ上陸の日、今日(2日)は、読谷チビチリガマで「集団自決」が起こった日。新聞もテレビも、人々の会話も、毎日のように沖縄戦の話題が尽きない。胸がキリキリする。

 今日も辺野古での一日が始まる。座り込みの途中雨が降り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 今日も違法ダンプが横行する、”ここには法律も憲法もない!”

 7月の参議院議員選挙に、社民党から全国比例で出馬を表明した山城ひろじさん。「沖縄を防衛の盾にするな!と訴えて全国を回りたい」と決意を表明。賛同の拍手が送られた。

 私たちも国会で博治節が炸裂するのを見たい!早速水曜日辺野古版「ひろじ応援団」が結成された。

 辺野古を応援する全国の皆さんにも呼び掛けたい。「参議院選挙、比例は”山城ひろじ”をお願いします。

 2回目の座り込みには、カルフォルニア、ハワイ、オーストラリアなどから沖縄にルーツを持つ世界の若者9人が参加。「自分たちのアイデンティティーを取り戻す機会でもある。こうして闘い続けている皆さんを誇りに思う。私たち世代につなげて下さっていることに感謝します!」と、うちなーぐちを交えて語る若者たち。

 

 

 

 

 

 さあ!今日も水曜日名物豪華ランチバイキング。コーヒー、ケーキ付のフルコースだよ!

 今日は新潟、北海道からの参加もあって活気のあるゲート前行動だった。今週末5日の土曜日は、毎月第一土曜日の「辺野古県民大行動」が行われる。

 

2025年4月2日リンクURL

渡嘉敷島「集団自決」 80年目の慰霊祭

 80年前の3月25日、米軍が慶良間諸島座間味島に上陸した日から、沖縄の地上戦は始まる。

 26日には座間味の島々で、28日には渡嘉敷島で「ありったけの地獄が出現した」と、世界の戦場を取材して来た米紙の従軍記者を絶句させた「集団自決」が起る。

 

 28日12時30分から、犠牲者を祀る「白玉の塔」で村主催による慰霊祭が行われた。

 この日は式典を前に、朝から参拝者が次々と白玉の塔を訪れ花を供え祈りをささげた。慰霊碑に刻まれた名前を指でなぞりながら、涙とともに語り掛ける姿に、80年経ってもなお癒えることのない悲しみが伝わってくる。

 式辞を述べる新里武広村長。自然豊かなこの島での平和な暮らしは、戦争でなくなった方々の尊い犠牲の上に築かれたことを忘れてはならないと前置きし、「同じ過ちを繰り返さないために、戦争という悲惨な歴史の教訓を深く胸に刻み、次世代へと語り継ぐことが、今を生きる私たちの責務。いま自分ができることを積み重ね、戦争のない未来へとつなげていこう」と、途中こみあげる思いに何度が声を詰まらせながら、そう呼びかけた。

 

 阿波連小学校、渡嘉敷小中学校の生徒たちが折り鶴と寄せ書きを供え、代表が朗読詩を読み上げた。

 

<朗読詩>

青く澄みきった空 
アカショウビンの歌声が聞こえる山々
風に揺れる波の音に目を閉じ 風のにおいを感じる
今日もこの島は 
いつもと変わらず 私たちを包んでくれる

学校では 友達と勉強したり 遊んだり 笑ったり
いろんなことができる
いろんなことを 自由にできる
それは この島が平和だから

でも・・・ 世界のどこかでは
見えない国境や宗教のために争いごとが起き
たくさんの人々が 食べるものに困り
貧困な生活にあえぎ苦しんでいる
家族と会いたくても 会うことが許されない
辛くて 苦しくて 悲しい日々を送っている人たちがいる

あの日 この島で命を失った人たちだって・・・
本当は穏やかで
希望に満ちあふれた日々を送るはずだったのに・・・

だからこそ 私たちで考えよう
いのちをつないできた いま生きている 私たちで
争いごとを無くすために 
悲しむ人々を一人でも救うために
世界を知り 国内を知り 自分にできることを考えよう

自分と違った人と関わってみよう
自分と違った人を理解する努力をしてみよう
自分と違った人を受け入れてみよう
その第一歩として隣のことを考えよう

今日の幸福のために
希望に満ちあふれた明日のために
二度と あの悲しみを繰り返さないために・・・

 今年は戦後80年の節目ということもあり、例年の3倍近くの参拝者が訪れた。家族5名を失ったという女性(90代)は、「毎年、今年が最後かねぇと思いつつ、体調が許す限り参列して来た。今年も来れてよかった。戦争をしてはいけないよ、絶対に!」と、こちらの質問に涙声で応えて下さった。

              <白玉の塔 全景>

 

2025年3月29日リンクURL