歌の競演・ゲート前コンサート~今日(4月22日)の辺野古

今日のゲート前はさながら音楽祭かコンサート会場のようだった。

DVC00045.JPGまずは、毎月第4金曜日に ゲート前で賛美歌を歌ってくださる「普天間ゲート前でゴスペルを歌う会」の皆さん。

ゴスペル ジュゴンこのグループは2012年からオスプレイの配備に抗議する普天間基地のゲート前行動に参加して、毎週金曜日ゴスペルを歌っている。昨年から辺野古ゲート前でも月に一度歌うようになった。
スタンダードな賛美歌から、辺野古アレンジのゴスペルまで幅広く、特に「ヌチドゥタカラ」は辺野古でうまれた抵抗の歌。

 

 <平和の歌~ヌチドゥタカラ>

♪ 戦争は人間のしわざ 

  平和は正義のわざ 愛の実り

  剣は鋤に打ち直そう

  戦争は愚かなこと 

   ヌチドゥタカラ

  ヌチドゥタカラ

  ヌチドゥタカラ 

  与えられた あらゆるものの命を大切にしよう

もう一組毎週金曜日の常連さんは、読谷島ぐるみ会議のみなさなさん。持ち歌は「黄金の花」「艦砲の喰ぇ残さー」

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大阪からも三線を担いで参加した方々がいた。沖縄のわらべ歌「てぃんさぐの花」を辺野古バージョンで。

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午後からは、辺野古総合大学の一環で、プロの歌い手・新里紹栄さんによる民謡ショーを楽しんだ。

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一方、米軍の方は相変わらず完全武装の米兵を満載して激しくゲートを出入り、

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帰り道、高速道路で故障して立ち往生している米軍車両に出くわした。彼らは一日に何度ここを往復しても高速料金を払わない。日本政府が肩代わりしている。私たち日本国民の税金だ。

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熊本・大分大地震の義援金の受け付けも行っていた。日本政府は米軍の戦争にお金を使うのではなく、震災復興にこそ税金を使うべきだと声が上がっていた。

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2016年4月22日リンクURL

日本の”報道・表現の自由”は深刻な脅威に直面~国連特別報告官

この3月末にニュースステーションの古館氏や、クローズアップ現代の国谷氏他の人気キャスターたちの相次ぐ番組降板、 昨年の「沖縄の新聞はつぶせ」発言、高市大臣の民放に対する「電波停止」発言など、政権や中央政治家のあからさまなメディアへの圧力・介入は、記憶に新しいが、

国際NGO「国境なき記者団」が20日に発表した2016年の「報道の自由ランキング」によると、日本は180か国中72位と、昨年の61位からさらに順位を下げたことが分かった。戦前回帰かと恐怖さえ覚える状況である。
また、日本における言論・表現の自由の状況を調べるために来日した国連の連特別報告者のデービット・ケイ氏が 、日本での調査を終え、東京の外国特派員協会で記者会見、「日本は、メディアの独立が深刻な脅威に直面している」と警告を発した。(21日沖縄タイムス報道)

ケイ氏によると特定秘密保護法や安保法などの成立でメディアが委縮し自己規制したり、電波法を盾に担当大臣がテレビ局に圧力をかけるなど、「政府に批判的な記事や番組の延期や取り消しが起きている」と指摘した。

そのなかで、辺野古新基地建設をめぐる過激な警備や、沖縄メディアに対する圧力にも言及した。

表現の自由の危機              <20日 沖縄タイムス朝刊>

記者会見ではドイツ紙の記者が「外国メディアが圧力を受けたり、情報へのアクセスから排除(取材拒否など)されたりする」こともあると発言、外国メディアにも懸念が広がっている。

この記事を、沖縄の新聞は大きく取り上げたが、中央メディアは朝日新聞も毎日新聞もネットで検索しても見当たらず、無視したか、もしくはかなり小さい扱いだったか、さずが東京新聞が沖縄のメディア並みに扱っていた。

この日の沖縄タイムスの社説は「メディアが政権にひれ伏し、民主主義が危機に陥ったとき、犠牲になるのは『自由』である」と結んでいる。

2016年4月21日リンクURL

情緒あふれるお別れ風景~渡嘉敷島

いまどき こんな情緒あふれるお別れ風景、そうそうお目にかかれるものではありません。
三月末、渡嘉敷島の港での風景です。

DVC00017.JPG 3月いっぱいで転任のため島を離れる小中学校の先生方を
教え子や父母たちが総出で見送るのは、遠い昔からこの島の風物詩となっています。

DVC00029.JPGDVC00025.JPG  島を去る先生と名残を惜しむ子供たち。抱っこされ甘えているのは1年生でしょうか。

DVC00015.JPG ここまではまだテープを手渡しできる距離。

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船が岸壁を離れ始めます。

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DVC00008.JPGテープが一本、また一本と切れて海に落ちて…。

DVC00011.JPG岸を離れるフェリーを追いかけるように、ケラマ太鼓の音が響きます。

DVC00004.JPG切れたテープを手繰り寄せ、愛おしそうに胸いっぱいに抱えた先生。このテープの先から教え子一人ひとりと思いを通わせているのでしょう。

この日は、渡嘉敷小中学校、阿波連小学校、両校の校長先生はじめ6人の先生方が島を離れました。

特に阿波連小学校の校長先生は
若いころに一度阿波連小学校に赴任、島の自然と暮らし、子どもたちとの触れ合いに魅了され、その後の教員生活の支えになったそうです。定年間近になって自ら希望して、校長として阿波連小学校へ赴任、教員生活の最後を渡嘉敷島で過ごしました。

都会の学校と違い、島の小さな学校では放課後も濃密な子どもたちとの触れ合いがあります。教師なりたての先生に釣りを教えたのも島の子どもたちだったそうです。

きっとこの交流は一生続くことでしょうね。

DVC00001.JPG船が見えなくなるまで、見送りの人々は手を振り続けていました。

現在60代の私が小学生の頃から変わらぬ風景です。
その私も20数年ぶりにこの光景に出会い、子どものころにタイムスリップした気分になりました。
五色の紙テープってまだあったんですね。

2016年4月18日リンクURL