歴史を拓くはじめの家 うちなぁ20周年のつどい    ~高江・辺野古バスツアー①

「うちなぁ20周年のつどい」の2日目(30日)は、                                バスツアー「抵抗する沖縄の人々~闘いの現場をたずねて~」

ヘリパット建設に抵抗して住民が7年にわたって座り込みを続ける東村の「高江」と、20年近く新基地の建設に抵抗を続ける「辺野古のテント村」を訪ね、現地の人たちと交流した。

高江 N1ゲート前の監視テント

高江 N1ゲート前の監視テント

 

 

 

 

 

 

 

 

高江では、埼玉から修学旅行できたという女子高校生5人と一緒に、高江の闘いの経緯や現状の説明を受け、抵抗する住民の熱い想いをしっかりと受け止めるとともに共に、

長期の闘いが日々の暮らしに強いる大きな負担に胸が痛くなる。

埼玉県から修学旅行でやってきた高校生

埼玉県から修学旅行でやってきた高校生

 

 

 

 

 

 

 

 

聞けば聞くほど、見れば見るほど
そこに生きる人々を無視して国策を押し付ける政府の理不尽に改めて、怒りが込み上げてくる。

写真 (4)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東村高江は、かつてベトナム戦争のころ、米軍が、ベトコン攻略のために模擬ベトナム村を作り、住民を標的にして演習をしたという、衝撃の事実をドキュメンタリーで描いた「標的の村」の現場の一つである。

写真

 

2014年12月4日リンクURL

歴史を拓く家うちなぁ20周年のつどい~前夜祭

もろさわようこさん

もろさわようこさん

女性史家のもろさわようこさんが主宰する
「歴史を拓く家」の活動に関わって33年になる。

もろさわさんの故郷・長野に「歴史を拓くはじめの家」
差別に向き合い人権を学ぶ場として高知に「よみがえりの家」
「女性史の原点がまだ残る地」、そして平和を学ぶ拠点として沖縄に「うちなぁ」がある。

このほどこの「うちなぁ」が20周年を迎え
北は山形県から南は沖縄まで、全国から60名の参加者が集い、名護市内で「20周年のつどい」が開かれた。

29日は「前夜祭」

沖縄を唄う~川崎良美さん

沖縄を唄う~川崎良美さん

◇ミニコンサート 歌・三線 川崎善美さん(アカナー)

誰でも知っている琉球民謡・沖縄メロディに乗せて、辺野古の闘いや、憲法9条を唄う替え歌の名人。説得力のある歌詞に感動。澄んだ美しい声と歌唱力に癒された。

 

島袋文子さん~辺野古基地・シュワーブ前で毎日抗議行動に参加。

島袋文子さん~辺野古基地・シュワーブ前で毎日抗議行動に参加。

 

 

 

◇お話は島袋文子さん(85)

猛暑の中、辺野古基地・キャンプシュワーブのゲート前に、杖をつきながら座り込みテントに日参する島袋さん。「基地がなくなるまで死ぬわけにはいかない」と、辺野古の海を埋め立てる工事車両の前に「通るなら私を轢いてから行きなさい」と身を投げ出す姿に人々は励まされ勇気づけられる。自らを「反戦の鬼」と言う島袋さんだけれど、いいえ、「反戦の神様」である。

彼女のその気迫の原点は、壮絶な沖縄戦の体験だった。

2014年12月3日リンクURL

今日の辺野古(11月24日)

今日(11・24)で座り込み3872日目の辺野古テント村。

DVC00109.JPGDVC00113.JPG

 

 

 

 

 

 

今日も多くの人が訪れていました。

このグループは、与那原町の朝起き会のお仲間だそうです。2台のバスを連ねてやってきました。

DVC00112.JPG

テント村では、ボートで埋め立てが予定されている海上への案内もしてくれます。

沖縄防衛局は、知事選で大敗を喫して後、衆議院選挙を意識して暴力的な海上作業は影をひそめているそうです。

海上保安庁の船も姿を消しています。

なので、今日は、カヌーなどによる海上での抗議行動はお休みでした。
それでも、大浦湾の美しい海をじかに見ることは
ここを埋め立てることがいかにばかげているか実感させてくれるはずです。

 

DVC00108.JPG DVC00111.JPG

 

 

テント村は、知事選で県民の「辺野古埋めててNO!」の強い意志が改めて示された喜びに溢れていました。

 

 

 

 

 

 

 

辺野古基地・キャンプシュワーブのゲート前も抗議支援の人たちで溢れていました。

DVC00116.JPG

DVC00127.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなを笑いの渦に巻き込む楽しいパフォーマンスの中にも、痛烈な抗議の意味が込められています。

DVC00125.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

このイギリス人女性は、岩国基地で米兵の性暴力に会い、孤立無援の中、沖縄の闘いに励まされ、沖縄の人たちの理解と支援を受けて、裁判で加害者に罪を認めさせることができたと報告していました。

DVC00128.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DVC00132.JPG

琉球が、中国と日本の両属を強いられていたころに詠まれた
この古い琉歌(8・8・8・6の30文字で表現する沖縄の文学)に込められた意味は

唐(中国)を唐傘に例えるならば
さしずめ大和(日本)は馬の蹄、
そして、沖縄は針の先ほどにもならない。

しかし、針の先は呑み込むことはできない(呑み込んだら痛いし危険、命とりにもなりかねない)

つまり、今回の知事選挙の結果に託して
「針の先程度の沖縄だからと侮るなかれ」との
日本政府への戒めのことばである。

2014年11月25日リンクURL