性暴力は 男性が起こす男性の問題 ∼ 4月のフラワーデモ

 昨日11日)は、午前中に北谷町での「追悼のつどい」に参加し、夕方は7:00から県庁前の県民広場で行われた「フラワーデモ」に参加した。

 

 コロナ禍を考慮して、積極的な呼びかけはしていないが、それでも20名余の参加があった。

 7時の開始から30分間は、国際通りに向かって静かにメッセージボードを掲げ、道行く人や車にアピール、後半の30分は参加者がマイクを握って思いを語った。

 被害者が声をあげやすい社会をつくることで「性暴力のない社会」をめざすフラワーデモ。この日は男性が1人参加していて、こんなメッセージを発信した。

 このような言葉を女性が発すると男性から反発を受けることも少なくないが、男性が言えば、反論もしにくくなる。よくぞ言ってくれた。

 それにしても、一日にふたつもの「性暴力」にまつわるつどいに参加しなければならない社会は、重たすぎる。もう願い下げにしたい。

 

2021年4月12日リンクURL

「あなたを忘れない!」 ~ 北谷女性殺害事件追悼のつどい

 2019年4月、北谷町で米海軍兵士に性暴力を受けたうえ、女性が殺害される事件が起こった。あれから2年 、今日(11日)午前9時から北谷町アラハビーチで「追悼の集い」が行われた。

 

 集った一人ひとりがメッセージボードに想いを書いて祈りを捧げ、「彼女」の無念と悲しみ、痛みに寄り添った。

 事件を知ったとき、私たちは思った。「彼女」は「私」だったかもしれない。「私の母、娘」だったかもしれない、と。基地の島沖縄に住む私たちは、誰もが「彼女」が出会ったような「危険」といつも隣合わせだからである。

 集いがもたれたアラハビーチは海浜公園になっていて、穏やかな晩春の陽の光と潮風を浴びながら日曜日のひとときを楽しむ家族連れでにぎわっていた。「彼女」には小さな子どもが二人いて、いつもこの公園で家族仲良く散歩を楽しんでいたという。

 このささやかな幸せを、「彼女」と「彼女の子どもたち」から奪った軍事主義の暴力と性差別の理不尽を、私たちは許さない!

 

 

 

2021年4月11日リンクURL

中村哲さんを偲ぶ会 ~ 具体的に自ら実践する人だった!

 活動中のアフガンで襲撃を受けて亡くなったペシャワール会の中村哲医師を偲ぶ会が、今日(4月10日)那覇市内の琉球新報ホールで行われた。
コロナ対策で蜜を避けるため、事前の呼びかけは控えめに行われたが、定員が半分になった会場は、ほぼ満席になった。

 

 県主催する「沖縄平和賞」の第一回目の受賞者であることから、玉城デニー知事も挨拶を述べた後も、最後まで「偲ぶ会」に参加されていた。

 

 

 

 

 

 

 メインスピーカーのお一人、ペシャワール会会長の村上優氏が、中村哲さんの足跡を紹介、ペシャワール会の今後の活動について語った。

<現地の人々に親しまれ、愛された中村哲さん>

 医師である中村哲さんは、医療援助で派遣されたが、医療以前に人が生きる子ために必要な「水」がないことから難民となり、命を落としていく人々を見て、「すべての問題解決の基本は水である」と気づき、井戸掘りや水路づくりを、自ら重機を操って行ったという。30年にわたる哲さんの活動で砂漠に緑がよみがえり、林ができ、森となって大地を潤し、いま人々が農業で暮らしが立てられるようになっている。

 

 もう一人のメインスピーカー、作家の澤地久枝さんは、忙しい中村哲さんに何年もかけてやっと3回会うことができ、インタビューした本を書いてる。「中村医師の人柄の深さ・魅力を伝えられるような本にしなければ」と、時間をかけて書いたことを話された。

 澤地さんは、数々のエピソード紹介された中で、国会に招致された中村医師が「自衛隊の海外派遣は有害無益」と断言、さる筋から発言を取り消すよう迫られたが、取り消さなかったこと。物事に当たるとき「何をするかではなく、何をなしてはいけないか」と考える人だった、など熱く語られた。

 「中村哲さん」、その人柄と実践を知れば知るほど、改めて「本当にすごい人だったんだなあ」という感慨が湧いた。

 

 

2021年4月10日リンクURL