決意も新たに 辺野古事始め ~ 今日(1月6日)の辺野古

 政府はコロナ対策で、民間企業に正月休みを最大11日まで取るよう勧めながら、自らは辺野古の工事を早々と正月4日から再開した。

 菅総理自身が「会食は4人以内で」と国民には言いながら、自らは大勢で、しかもはしご会食、30人以上の大宴会を開いた現職大臣もいるような国だから、推して知るべしか!

 辺野古へ着くと、ゲート前の風景が変わっていた。民間警備会社がテイケイ(帝国警備)から、アルソックに変わったという。

 微動だにせず、定規で測ったかのように整列し、身長もそろえ、話しかけても表情一つ変えなかった軍隊式のテイケイとは打って変わって、アルソックの皆さんは、身長もまちまち、右向いている人がいるかと思えば、左を向いている人、後ろを振り返っている者あり、見事にデコボコ。何か和むというかホッとして、こちらもほほが緩む。ただ、制服の色が機動隊と全く同じで、遠目には区別がつきにくいのが玉にきず。機動隊がたくさんいるように見えてしまう。

 9:00、一回目の搬入には30名余で座り込んだ。年が改まっても、いつもの風景が展開された。

 「辺野古の海に、鉄筋はいらな~い!!!」

 12:00の二回目、15:00の三回目は40名余で座り込んだ。特に水曜日は、アルソックや機動隊も見守る?中、長蛇の列をつくるミキサー車やダンプを待たせたまま、まるでのど自慢大会のような歌上手たちが、次々と得意の喉で「辺野古抵抗の歌」を聞かせてくれる。

 どんなに機動隊に急かされても牛歩戦術で粘る女性。

 今年最初の水曜日、「あきらめない!」決意も新たに辺野古ゲート前行動を開始した。

 

 

2021年1月6日リンクURL

ぼく(わたし)はジュゴン ~ 知れば納得、解れば行動する

< 表>

 辺野古バスの中で配られたチラシです。配った方の友人から送られてきたそうです。

 この「ジュゴン新聞」をつくった方は、神奈川県で小学校の教師をしていらっしやるとのこと。地域のお祭りがあり、「あなたは沖縄へよく行っているようだから、皆さんに辺野古のお話をして」と、思いがけず声をかけられ、戸惑いながらも大勢の地域の人たちの前で、「沖縄の人たちが新しい米軍基地に反対して頑張っている」ことを話したのだそうです。埋められようとしているその海は「ジュゴン」も美しい「サンゴ」も「海亀」も住んでいる「命の海」だということも。

 すると意外にも多くの人たちから「沖縄でこんなことが起こっているとは知らなかった」「辺野古のことをもっと知りたい」と好意的な反響があり、「知らないから無関心だったのだ」と気が付いたそうです。

 そこで、思いついたのが「ジュゴン新聞」。子どもたちに、日本で沖縄の海にしかいないジュゴンを通して、平和と環境の大切さを伝えたのです。

< 裏>

 子どもたちは、とても関心を持ち素直な気持ちでたくさん質問をしてきました。そして、このチラシをもって家に帰り、親やきようだい・家族に、目を輝かせて「ジュゴン」の話をしました。

 今では「ジュゴン」でつながった絆が広がり、地域の有志たちで「沖縄に、もう米軍基地はいらない」と、駅前でスタンディングをするまでになっているという「うれしいお話」です。

 

 

 

2020年12月28日リンクURL

完成不可能な工事はやめよ! ~ 12月25日の安和

 25日は、早朝7:00発のバスで安和に向かった。コロナ騒動が始まってから安和には行けていない私にとっては、7カ月ぶりの安和である。

 8:30に安和到着。すでに運搬船への土砂積み込み作業が始まっている。

 この日は波が高く、カヌーや抗議船の海上行動はなかったが、十数隻の監視船が、ただ波間に浮かんでいた。何たる税金の無駄遣い。 

 

 

 

 

 

 ダンプの出入口では、本部島ぐるみの人たちが、早朝から寒い中を監視活動を開始していた。

 入り口では、赤土を満載したダンプが長蛇の列。早速抗議行動に入る。

 抗議行動!と言っても、入ってくるダンプに対して、信号に従ってゲート前をゆっくり歩くだけだ。ただひたすら歩き続けるだけで、信号が変わるたびに港の中には一台しか入れない。順法闘争である。

 辺野古のゲート前のように一日3回の搬入で合間に休憩時間があるのとは大違い。幅10メートルほどのゲートの前をぐるぐる歩くだけとはいえ、結構疲れる。(夕方帰宅して万歩計を見ると、12,201歩をカウントしていた)。

 それぞれ各自の判断で適宜水分補給と10分ほどの休息をとる。午前中に1度だけ、那覇からの2台めのバスが到着したところで交代して、早朝組はバスで本部港のターミナルでトイレ休憩を行うことになった。

 

 

 

 

 

 本部港へ向かう途中、山肌を無残に削り取られた琉球セメント安和鉱山の姿が目に入ってくる。

 

 

 

 

 

 

 本来セメン製品の積出しかできないはずの安和桟橋を、目的外使用で違法に辺野古埋め立ての赤土を積出している琉球セメントに怒りを感じる。

 辺野古新基地建設は、絵にかいたような利権の塊である。琉球セメントのバックに隠れているのがこれらの大和企業。宇部=安倍、三菱=麻生。(2020年、琉球セメントの親会社である宇部興産と、麻生グループの三菱マテリアルのセメント事業が統合してできた新会社。正式には21年4月発足のようだが、沖縄ではすでに稼働しているのか?)

 

 

 

 

 その対極にあるのが自然の中で無心に咲く野の花々。

 そして、この青い海。宝の海・生命の森を、これ以上穢させてはならない。

 まだ、ダンプの土砂搬入は続いていたが、帰途1時間半以上かかる那覇からの参加者は、15:30安和を後にした。 

 辺野古の抗議行動、全体的には28日まで行われるが、平和市民連絡会の担当日(水・金)は、この日で今年の締めくくり。朝から一緒に参加していた山城博治さんの提案で、打ち上げの写真を撮りました。今年も一年間、お疲れ様でした。

 

 

 

2020年12月26日リンクURL