基地は何のためにあるのか ~ 今日(1月29日)の辺野古

 前々日までの夏日はどこへやら、一転肌寒い一日だった。午前中は傘マークの予報だったが、最後まで雨が降らなかったのは幸いだった。

 第一回目の9:00の搬入には50人、2日目の12:00には60人、3回目は45人が工事用ゲートに座り込んだ。報告によると、この日は工事車両計184台が入り、その半数の90台が生コンミキサー車だったということである。(これらの生コンは、護岸の岸壁を強化するためのテトラポットをつくっているとのこと)

 9:00、一回目の座り込み。およそ50人が座り込んだ。

 

  12:00、二回目の座り込みは60名に増えた。

 

 ダンプの運転手に、「海を壊さないで。未来の子供たちに誇れる仕事をしてください」と、優しい口調で訴えている女性。

 三回目の座り込みは45名

 工事車両の搬入のが途切れる合間にテントに戻って休憩をとりながら、県外からの参加者を中心に紹介や報告が行われる。

 イギリス在住の男性(邦人)は、イギリスで沖縄の新聞も含め、8社の新聞を購読しているという。「嘘で固めた安倍政権の欺瞞を、しっかり批判できているメディアはほとんどなく、一紙だけ読んでいては、日本の本当の姿はわからない。

 イギリスにも日本人がたくさん住んでおり、いろいろな勉強会などで、沖縄・辺野古のことを話しているが、多くの日本人は沖縄のことを知らない。『基地があることでたくさんの補助金をもらっているんだろう?』などとよく言われるが、沖縄が侵略、差別されてきた歴史をたどり、沖縄戦、戦後の米軍支配など詳しく話すと、わかってくれる人も少なくない。今回は2年ぶりで辺野古にやってきた。皆さんとの直接触れ合うことで、新たな情報と元気をもらって、今後もイギリスで沖縄を伝えていきたい」と語った。

 元県庁職員のこの男性は「今国会冒頭の施政方針演説で、総理は辺野古のことに一切触れなかった。辺野古新基地の実現が怪しくなってきたから言及できなかったのだ。安倍政権の崩壊は目の前に迫っている」と。

 また、横田基地の近くに住んでいるという男性は、地元で基地問題に取り組んでいる仲間5人と一緒に参加した。「沖縄と同じで、米軍による爆音・騒音や事件事故に苦しんでいる。基地というものが私たち(国民)にとって何のためにあるのか?武器によらない平和があるということを、政治家はよく考えてほしい」と訴えた。

 県外からは、労働組合や平和団体などのグループで辺野古へ来ることが多いが、最近の特徴は、一人で、あるいは友人同士、家族でと、全く個人的に参加する人たちが増えていることである。辺野古の闘いの広がりを感じてうれしい。

 

 ゲート前には毎日のようにいろいろな差し入れが届く。

 仕事などで行動にはなかなか参加できないが、せめて差し入れを!という人たちや、自分にできることを!と料理の得意な人は料理を、農業をしている人は農産物を、という具合だ。

 一回めの座り込みの後には、毎日、手作りのお菓子や、山芋、魚などのてんぷらが待っている。毎週水曜日にはバナナやパンが配られる。寒い日には温かいぜんざいや沖縄そばが、今日は無農薬の見事に育ったからし菜がドッサリ届いた。(茎まで生で食べられるほど柔らかく、瑞々しくておいしい”からし菜”でした。クァッチーサビタン!ご馳走様でした)

 

2020年1月30日リンクURL

福島での闘いに活かしていきたい ~ フクシマの被災地から35名 今日(1月22日)の辺野古

 気持ちのよい日の出の陽光に包まれて一日がスタートした

 

 

 

 

 

 早朝はいつも少人数、しかも曜日によっていつも同じ顔ぶれ、県外から参加する人を除いては、ほぼ常連化している。でもみんな元気、およそ40名で座り込む!!

 

 まるで黄色いテントウムシかカブトムシの行列のよう。カブトムシならうれしいけど…。

 ミキサー車やダンプが入った後は、民間警備員と機動隊に挟まれながら牛歩戦術でゲート前を行進。

 休憩時間に名護市議の大城敬人さんが、前日(21日)に行われた外務省沖縄事務所副所長が現場視察と久辺3区の住民と意見交換した様子を報告した。「まず現場を見ろ!と、名護市議会で何度も要請してきたが、やっと実現した。国立高専の屋上から、キャンプシュワブの騒音や実弾演習の射撃音、廃棄弾の爆破音、民家上空の低空飛行するオスプレイや大型機など実態を見てもらい、住民と意見交換をした」

 名護市ではこれまで独自に市内7か所に測定器を設置して基地からの騒音被害などを記録し続けてきた。その記録は9年分100ページに及ぶ。「辺野古新基地は沖縄負担軽減のために普天間を辺野古に移す。民間地の上は飛ばないなどと約束しているが、民家上空の飛行はこの9年間に5万5419回、騒音の最高値は98,2 デシベルに達した(人が我慢できるのは65デシベルと言われる)、現在でさえこんな状態なのに、新基地が完成してオスプレイが100機も常駐したら、辺野古の住民はどうなる。どこが負担軽減か!」と憤った。明確な記録を基に現状を突き付けられて、国の出先機関の副所長は言葉を失ったという。

 11時過ぎに福島から退職女教師の会の沖縄平和ツアーのメンバー35人がゲート前に。「実際に現場を見て、聞いていたこととはあまりに違うことに驚いている。福島では沖縄の情報はなかなか届かない。沖縄へも福島の真の情報は伝わっていないと思う。あきらめないで闘い続ける沖縄に学び、福島での闘いに活かしていきたい」とあいさつした。

福島の皆さんは、正午過ぎゲート前で座り込みにも参加。那覇から2台目9時発のチャターバスも到着して100名余が座り込んだ。

 

 福島の皆さんは、民間工事車両を迎えに行き先導してやってくるパトカーに驚き、道路を埋め尽くすほどのミキサー車の車列に驚き、座り込む人々を力ずくで排除する機動隊の姿に驚き、国家権力の理不尽、すさまじさを目の当たりにして言葉を失い、涙を流す人もいた。「あきらめないで闘い続ける沖縄の皆さんに敬意を表する。福島もいまだに5万人以上の人たちが、故郷に帰れず避難生活を続けています。私たちもあきらめません。共に頑張りましょう」と感想をかたった。

 この日も3回の搬入があり、一回目9:00は40名近く、二回目の12:00には100人余、三回目15:00にはおよそ50人が座り込んだが、合計で180台の作業車両に入れられた。

2020年1月23日リンクURL