抗議行動4現場を行脚 ~ 今日(5月11日)の辺野古・第四ゲート・塩川・安和

 真白いいじゅの花香るやんばる路を辺野古へ。

 辺野古ゲート前では今週に入って月、火と工事車両の搬入はなく、今日もたぶんないだろうとの情報で、その場合は安和・塩川の抗議行動を応援にいくことを決めて那覇を出た。

 辺野古ゲート前へ着くと、いつもは40人は居並ぶ民間警備員は、両端に一人ずつ立っているだけ、今日も搬入はないと確信できた。

 安和、塩川に向かう前に第四ゲートの様子を見に行くことになった。 

 GWで一週間来ない間に、ゲート右側も100㍍ほどすっかりはげ山になりっていた。

 

 土砂運搬船の出入りがあわただしい。海保のゴムボートが出動待機している様子も見えた。

 工事車両の動きはなく、安和、塩川に向かうことになった。再び貸し切りバスに乗り込み、土砂の搬出元の一つとなっている塩川港へ向かう。 

 辺野古ゲート前では、いつも30~40人が座り込むが、ここ塩川港は毎日本部島ぐるみの有志が3~4人で頑張っている過酷な抗議行動現場である。テントも、木蔭もないなかで、一日中もくもくとダンプのまえを牛歩戦術で横断、抵抗・抗議する。 

 一つしかない港の入り口で、入るダンプと出ていくダンプが交差する中を、ドライバーに丁重に頭を下げ、手を上げてしっかり意思表示して、ゆっくりと道路を渡る。

 「いつもは一人か二人なのに、今日は大勢いるので元気が出る」と本部島ぐるみのメンバーが喜んだ。 

 

 土砂は直接台船に積み込まれ、2台のベルトコンベアーは、なぜか稼働していなかった。 

 牛歩戦術は入り口だけでなく、広い港内数か所でおこなうため、港中がダンプ溜りになった。

 車両のナンバーや台数をチェックしている人にたずねると、土砂を積んで入ってきたダンプが、土砂を船に積み込み、港を出ていくまでに一台40分以上かかっているという。 牛歩戦術大成功だ。

 12時前に塩川を離れ、近くの本部港のターミナルで昼食をとった後、今度は安和桟橋へ向かった。

 ここも牛歩戦術だが、安和桟橋の入り口は信号があるので、信号に従ってゲートの前を横断する。しかし、しびれを切らしたダンプが、違法にも右からも左からも正面からも、歩行者優先を無視して突っ込んでくる。

 

 港の中では、土砂が持ち込まれてうずたかく積まれていく一方で、さらにそれをもう一度積み込んで船まで運ぶためのダンプが港内を行き交う。

 

 辺野古のゲート前は、テントもイスも木陰もあり、決まった時間以外は休息をとることもできるが、塩川、安和は、昼食時間以外はずっと歩きっぱなしだ。そんなところで毎日抗議行動に来ている人たちがいることを忘れてはならない。

 まだダンプの 搬入が続く中、一部の人たちに後を託して3時過ぎ帰りのバスに乗り込んだ。那覇まで2時間近い帰路となる。

 長い一日だったが、梅雨のさ中ながら、ちらつきはあっても傘をさすほどの降りではないかったのが幸いだった。

 

 

2022年5月11日リンクURL

5月のブルーアクション ~ 那覇地域 県庁前

 毎月第一土曜日の県民大行動が、コロナ禍で開催出来なくなって久しい。今月も地域ごとのブルーアクション各地で行われた。那覇地域は県庁前と、おもろまちの県立博物館前の2ヵ所で行われ、私は県庁前のスタンディングに参加した。 

 今日は午後2時から、玉城デニー知事の講演とシンポジウムを内容とするオール沖縄主催の「学習会~なぜ設計変更不承認なのか」があるため、多くの人が、博物館前への参加となったようだ。

 

 戦争の陰で、誰かほくそえんでいる奴らがいるよ!そうだね!それを見抜かなきゃ!! 

 

 

 

 

 

 「辺野古へ行こう!」と呼びかけるチラシもくばられていたが、通りすがりに声をかけてくれる人や、車の中から手を振る人がいる一方で、チラシを受け取らない(拒否する)人がけっこう多いことが気になった。

 

 

2022年5月7日リンクURL

平和憲法、「政府が捨てる」なら「沖縄が拾って再生」させよう ~ 2022年 憲法講演会


 憲法記念日の昨日(3日)は、なはーと(新那覇市民会館)で行われた憲法講演会に行った。

 ウクライナ戦場下の一般市民の悲惨な苦しみが思われ、演壇に掲げられた、日本国憲法前文のこの一文が、一層身に染みるとともに、日本国憲法は、日本国だけにとどまらず、世界平和を視野に入れてつくられたと、改めて気づかされる。

 今年の憲法講演会のメインの講師は作家の柳広司氏。柳さんはミステリー作家と言われているが、政治的なテーマの小説も多い。現在、週刊ポストに沖縄をテーマにした小説を連載しているとのチラシの説明に誘われて足を運んだ。

 ある出版社の編集者は「政治を扱うと、うちの社ではお引き受けできません」と離れていったという。そのとき「そんなことを書くと、勲章もらえませんよ」と言われて、「飲みかけの珈琲を、思わず吹きだした。それでも書く方向性を変えることはなかった」という柳氏に、その作品はこれまで読んだことがなかったが、読んで見ようと思った。

 なは―とホールの音響の状態はあまりよくなくて、難聴のある私には聞き取りづらく、具体的な内容については、琉球新報の記事で確認いただきたい。                   

 

<5月4日 琉球新報 ↑>

 この日は、柳氏の講演の前に「高校生平和ゼミナール」による活動報告が行われた。 

  政府に対し、核兵器禁止条約への加盟と・批准を求める署名活動や、ロシアのウクライナ侵攻への抗議声明・署名活動など、この一年間の活動内容を発表した。 

  また、トークセッション「沖縄と私 ~ 復帰50 現在と未来」では、復帰後生まれの若い世代が、沖縄の未来を、それぞれの場所から語った。

 その中で、辺野古や高江の問題、基地の環境問題などを番組で取り上げている琉球朝日放送の島袋夏子記者が、そのようなことに関心を持つ原点が、鉄血勤皇隊として戦場に駆り出された父親の熾烈な戦争体験をあげ、「記者としても娘としても、次の世代に橋渡ししていくのが自分の役割と思う」と」語ったことが印象に残った。

 

 

2022年5月4日リンクURL