博治さん!お疲れ様!ありがとう!これからも共に頑張ろう!! ~ 今日(9月15日)の辺野古

 台風の余波で不安定な空模様の中辺野古へ向かう。途中、「安和桟橋や塩川港は波が高く、土砂の積み込み作業はなし、抗議行動は休み」との情報が入る。

 いま沖縄の米軍関連の抗議行動は、普天間野嵩ゲート前、ヘリパッド建設の高江、辺野古埋め立て土砂の積出港の塩川と安和桟橋、そして辺野古ゲート前と、現場が5ヵ所にも分断されて、それでも少人数ながら、粘り強く人々の闘いが続いている。

 午前9時の一回目は25人が座り込んだ。 

 

 去る10日に平和運動センターの議長を退任したばかりの山城博治さんの顔も見える。いつもは平和運動センターの担当日である火曜日の指揮を担っていたが、これからは一市民として辺野古へも来ることになる。

 そもそも辺野古ゲート前の座り込みは7年前、博治さんが1人ではじめた。それは平和運動センター議長としての責務だけではない、人間まるごとぶっつけて権力の不条理に向き合う姿に惹かれて、多くの人たちの共感を生み、ここまで大きな県民運動へと広がってきた。

 博治さんの行動の原点は、高校生のとき、同じ学校の女生徒が米兵にレイプされ大けがをするという事件が起き、当時生徒会長だった彼が、全校生徒をはじめ他校の生徒たちにも呼びかけて抗議の県民大会に参加したという出来事にある、と聞く。魂の奥からふつふつと滾るように湧き出す情熱に、いまだそのときの怒りが消えていないと感じる。 

 今日は、大きなグリ石を積んだダンプの列が続いた。大浦湾側で新たに始まった護岸工事に使われるとみられている。

 休憩時間、テントの下で休んでいると一台のタクシーが目の前に停まった。運転台から降りてきたドライバーはトランクを開け、大量のペットボトル入りのお茶とドリンク剤を「飲んでください」と、名前も告げず、置いて行った。

 ゲート前に直接座り込むだけが抗議行動ではない。こうした人々の、頂いた”物”ではなく、その”心”に支えられて、辺野古の闘いはある。

12時前、二回目の座り込み。

 機動隊の指揮官・隊長との会話。(写真の人は隊長ではない)

隊長:「最後の警告です。道路に座り込む行為は道交法違反です。直ちに自ら立ち上がって舗道に移動してください」

市民:「もうちょっと、5分待って!」

隊長:「(優しく笑いながら)できません。直ちに移動してください」

私:「5分だけシーブン(おまけ)して!」

隊長:苦笑い。

私:「シーブンって、わかる?」

隊長:「声を立てて笑いながら)うちなーんちゅですから!」

私:「シーブンはウチナンんちゅの心、ウチナーンチュならシーブンするよ!」

隊長、笑って離れる。私たちも立ち上がって移動した。

 水曜日名物、豪華ランチバイキング。今日もそれぞれ自慢の弁当を開げた。博治さんも一緒に舌鼓を打った。

 私はお昼を済ませた後、宮城秋乃さんへの取材のため、3回目の座り込みを前に辺野古を早退、友人の車で高江に向かった。

 宮城秋乃さんの話は、長くなるので、また日を改めて報告したい。

 高江に向かう途中、大浦湾の前を通る。桟橋に大きな台船を横付けして、土砂の陸揚げをしている様子が見えた。その後ろに、土砂を満載した台船が、何隻も待機している。まだ10%未満とはいえ、確実に辺野古の海が殺されていることがわかる。

 

2021年9月16日リンクURL

月桃の実色づく ~ 今日(9月8日)の辺野古

 辺野古は今日(9月8日)も快晴。ここではよく観察していると、いいことも悪いことも、いろいろ目につく。今日も4つも5つも気づくことがあった。どこに焦点を当てて伝えようか迷ってしまうが、悪いことばかりになると気が重くなるので、出来るだけいい話題を伝えたいと心がけてはいるのだが、何しろ場所が場所、ときがときであるだけに、そうもいかないことが多い…。

 辺野古ゲート前に到着して車を降りると、きれいに色づいた月桃の赤い実が出迎えてくれた。

 コロナ禍の抗議行動は自主参加、9時一回めの搬入に備えて、8時半ごろからいつもの水曜日メンバーが次々とテント前に集まってくる。

 もう説明はいらないほどおなじみの光景だが、7日の沖縄タイムスにこんな記事が掲載された。


 毎日辺野古ゲート前で、工事車両の出入りをチェックするK氏。積み荷を降ろし基地から出てくるダンプ一台一台すべてに手をあげる。多くのダンプドライバーが手をかざしてそれに応える。

 ここで大切なことは、敵(抵抗・抗議する相手)を間違えないということである。私たちが抗議しているのは新基地建設を強行している国家権力であり、権力と結託して利権を貪る国策大企業であって、彼らドライバーは、たまたま生活の糧に働いていた会社が、辺野古基地建設の下請け企業だったに過ぎない。それは、機動隊や民間警備の人たちも同じ。K氏ばかりでなく、座り込む市民ら共通の思い、言葉使いにも気をつけている。ここにも手を振る人がいる。

 

 12:00前、2回目の座り込み。休憩時間に練習した抵抗の歌の大?合唱。ハーモニーも素晴らしく、なかなか本格的な合唱になっている。イイねえ!   15:00 三回目。人数も少し減ってきたが頑張る!!

 辺野古の帰りは、いつもお土産満載だ。みんなが自宅の庭や畑で採れた果物や野菜、手作りの料理などを持って来てくれるからだ。 

 

 

 

 

 

今日もバナナにヘチマ、明日葉、パンなどリュックに入りきれないほど。

 頂いたもので今日の夕ご飯の献立を考えながら帰途についた。

 

 

 

 

                                   

 

2021年9月9日リンクURL

由美子ちゃん事件 減刑は権限逸脱 ∼ 軍部が大統領に抗議していた!

 1955年、6歳の少女が、米兵に強姦・殺害された由美子ちゃん事件。犯人の軍曹は死刑判決を受けたが、後に当時の大統領によって45年の重労働の刑に減刑されたことは知られているが、これに対し軍部が「権限を逸脱している」として、大統領に抗議していたことが、このほど研究者によって明らかにされた。

 わずか6歳で強姦され殺された由美子ちゃんの遺体は、ここで言葉にするのもはばかられるくらい無残な姿で、砂浜に打ち捨てられていた。どれほど苦しかったであろうか!その小さな掌には、砂が固く強く握りしめられていたという。

 戦後75年を過ぎても外国の軍隊が居座り続ける沖縄で、今なお起り続ける軍隊による性暴力事件。95年の少女強姦事件をきっかけに沖縄の女性たちが立ち上げた基地・軍隊を許さない行動する女たちの会は「軍隊は構造的暴力である。その根底には植民地意識、民族差別、性差別など幾重にも重なる差別の構造があり、敵地で命をかけて闘う軍人づくりに利用されている。基地・軍隊のある限り性暴力はなくならない」と主張している。

<記事はすべて9月3日 琉球新報>

 

 

2021年9月7日リンクURL