沖縄は日本ではないのか!

「4・28 主権回復の日を祝う式典」が開催されるという。

この国は、「なんという国だ!」と、またまた思う。

戦後、米軍に土地を強制接収され作られた「普天間基地」

戦後、米軍に土地を強制接収され作られた「普天間基地」

 

「サンフランシスコ講和条約」と言われても多くの日本国民はなんのことだかわからないだろう。

第二次世界大戦が終わり、米軍の占領下に置かれた日本がこの条約の締結により、沖縄・奄美、小笠原を切り離し米軍に引き渡すことを条件に、
日本本土は独立・主権回復した日(講和条約が発効した日)が、
1952年4月28日である。

 

今年になってどんな思惑があってか
この日を「日本の主権回復の日」として祝賀式典を開催すると、政府が言い出した。

「4・28」は、沖縄にとっては、日本人としての主権を失った「屈辱の日」として
毎年、抗議集会が開催されて来たのだ。

基地に反対する県民大会

基地に反対する県民大会

かの4・28以来
住む家・土地は基地に奪われ続け、未だに故郷に帰れず、
人権は無きに等しく(米軍車両にひき殺されても、米兵に女性や子どもが強姦されても犯人は無罪放免)
危険な基地を沖縄に押しつけながら、日本の安全保障という欺瞞、傲慢。

あなたの裏庭に基地があったら、どう思いますか?

あなたの裏庭に基地があったら、どう思いますか?

いまなおオスプレイ、PAC3、新基地建設と軍事化が強行され続ける沖縄を尻目に
沖縄を切り捨てた日を「日本が完全に主権を回復した日」として祝うという。

それは「沖縄は日本ではない」という宣言に他ならない。

そういう人々に限って「尖閣諸島は日本固有の領土」などという。矛盾もいいところだ。

何でも米国のいいなり(対米追従)、安全保障も、TPPも、核開発(原発)も、外交も、
そんな日本が果たして独立国と言えるのか。

「主権回復の日を祝う式典」に沖縄県知事(自民党だけど)は出席しない。
全国47都道府県で、知事が出席するのは19都道府県(4割)のみ。
それでも強行する意図はどこにあるのか?
同じ日の同じ時間、沖縄では抗議集会が開かれる。

2013年4月26日リンクURL

浜下り(ハマウリ)由来記

沖縄の女の子の節句は雛飾りではなく、
「潮干狩りや舟遊びなど、潮水に足を浸し、穢れを祓う」と言いましたが
これには、こんな言い伝えがあります。

 

浜下りで潮干狩りを楽しむ

浜下りで潮干狩りを楽しむ

昔むかし、ある村に一人の美しい娘がおりました。
村いちばんの美女というだけでなく、気だてもよく、しかも評判の親孝行娘。
村中の若者たちが言い寄りますが、娘は誰にもなびきませんでした。

年頃の娘が、どんな結婚話にも頷かないので
心配した両親が聞いたところ
実は娘には、夜な夜な彼女の寝所に偲んでくる思い人がいたのです。

「どこの誰だ!」と問いただしたのですが
いつも彼女が夢うつつの状態のときにやってくるので
娘にも、どこの誰なのか正体がわかりません。

それでは正体を確かめようというので、村の物知りの智恵を借り、
訪ねて来たその見目麗しき青年が帰るとき
「こっそり、着物の裾に長く細い糸をつけた縫い針を刺すように」と両親は
娘にしっかり言い含めました。

青年が帰った翌朝、糸をたぐって行くと
海岸近くの洞窟の中にたどり着きました。
そこで両親が見たものは!今にも飛びかからんばかりに目を光らせどくろを巻いている
八岐大蛇のような大蛇(アカマタ)でした。

大蛇(アカマタ)伝説

大蛇(アカマタ)伝説

ビックリ仰天した両親は急いで帰って事の次第を話すと
娘は泣きながら「すでに身重になっている」と告げます。

改めて村の物知りに相談したところ
「3月3日の大潮の日に、海へ行き汐水に足を浸して身を清めるように」とアドバイスされます。

言われたとおりに祈りを込めて潮水に足浸し身を清めたところ
娘の身体から無数の小さなヘビが産まれ出て、海に流されて消えて行きました。
以来、女の子は旧暦3月3日の大潮の日に、浜下りをするようになったということです。

 

このような古い言い伝えが残る浜下り(ハマウリ)ですが
そのいわれは知らなくても
折しも水温み、風爽やかな季節、浜辺で潮干狩りをし、唄い踊り、船遊びをするのは
とても気持ちがよいものです。

女の子は赤ちゃんも…

女の子は赤ちゃんも…

祖母が元気だった頃は、
お重の中には定番の赤い寒天、串に刺したゆでピーナツ、緑のよもぎ餅、魚の唐揚げなどが、形良く並んでいたのを、懐かしく思い出します。

2013年4月25日リンクURL

浜下り

浜下り(ハマウリ)

渡嘉敷区浜下り1

 

沖縄の女の子の節句は旧暦の3月3日に行われます。

おひな様は、人形(ひとがた)に穢れを移して川や海に流すことから始まったと言われます。

 

沖縄には、もともとおひなさまの習慣はなく

浜辺に下りて、塩水に足を浸すことで穢れを祓うとされています。

 

そのため、この日女の人たちは、こぞってお重にご馳走を詰め、浜辺に下り

潮干狩りや船遊びをした後、お重を広げて唄ったり踊ったり

あるいはお芝居見物と、一日を楽しみます。

 

日頃、家事や子育てで忙しい女の人たちも

この日ばかりはおおっぴらに遊ぶことが認められていたそうです。

 

時代も変わり、都会では浜下りの習慣もすっかり廃れてしまいましたが

地方や離島においては、今もしっかり受け継がれているところが

まだまだあります。

 

そのひとつが、我が故郷・渡嘉敷島の「浜下り」です。

いまは女の人たちだけでなく

集落の人たち全員が集まります。

tokashiki-hamauri6

 

今年の旧暦3月3日は、先週末の金曜日でした。

どういう訳か渡嘉敷集落では、3月3日ではなく、4日に「浜下り」行事を行います。

 

それぞれが家自慢の一品料理を持ち寄り分け合いながらいただき、

おばあさんたちの祈りを込めた古謡にはじまり、今どきの民謡ショー、カチャーシーと

とても賑やかです。

tokashiki-hamauri3

渡嘉敷島の「浜下り」がユニークなのは、

旧暦の3月のはじめは折しも年度の変わり目に当たることから

島に赴任してきた新しい先生の紹介や、任期を終えて島を去る先生方のお別れのあいさつも

この席で行われます。

今年、島に赴任してきた先生方の紹介

今年、島に赴任してきた先生方の紹介

 

 

また、新学期に新一年生になった児童や

この一年間に生まれた赤ちゃんが紹介され、集落の人たちから祝福を受けます。

 

双子の赤ちゃんが紹介されました

双子の赤ちゃんが紹介されました

 

寂しいのは、かつては浜辺の砂浜で行われたのですが

そこは埋め立てられて港の桟橋になってしまったので

今は、港の待合所が「浜下り」行事の会場となっています。

 

締めくくりは、

夕方の4時、港を出港するフェリーで島を離れる先生方が

五色のテープを引きながら去って行くのを、みんなで見送る、

そんな風景も恒例となっています。

(写真提供は友人の米田英明さんと私の妹)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年4月24日リンクURL