あけまして おめでとうございます

 いい正月で~びる!! 



 今年は コロナ禍で辺野古の元旦の儀式もなく、天候不良で故郷の慶良間島・渡嘉敷にも帰省することができなかったため、初日の出の写真がありません。

 代わりと言っては何ですが、宜野湾在住の妹が撮影した虹の写真で新年のご挨拶をさせていただきます。

 薄くてわかりにくいですが、二重の虹です!

 願わくば  希望の虹でありますように!!

 

 

2021年1月3日リンクURL

去り行く2020年に ありがとう!!

 暮れ行く2020年。本当に大変な一年でした。2020年がどんな評価で後世に記憶されるかわかりませんが、さまざまな意味で、歴史に残る大転換の年となることは間違いないと思われます。

 今日(12月30日)は、所用で南部に車を走らせました。(正確には、友人が運転する車ですが…) 

 <知念半島の岬から遠く勝連半島を望む>

 今日の沖縄は、この一年を象徴するような空模様です。いつもの青い空はどんよりとした厚い雲に覆われ、時折小雨がパラついています。風が強く、海は環礁沿いに白波が立っていました。

 <知念半島から久高島を望む>

 コロナ禍にあっても観光客が絶えないという神々の島・久高島も知念半島の対岸にあります。 

 久高島と対をなす聖地・斎場御嶽前の駐車場兼お土産品売り場兼レストラン兼休息所で昼食をとりました。

 外食をしても、ご飯党の私は、沖縄ソバなんてめったに頼みませんが、他のメニューがあまりにバカ高くて、一番安いのがソバだったのです。それでも900円。観光地値段なんでしょうね。

 明日の大晦日から正月にかけてごちそうが続きそうだと思うと、これでも全部は食べられず、だいぶ残してしまいました。一足早い年越しそば!となりました。

 

 所用と言うのが、南城市にある「志縁の苑  うちなぁ」に、もろさわようこさんをお訪ねすることでした。

 例年、夏は涼しい信州・長野で、冬は暖かい沖縄、両方を往来する合間の春・秋を土佐・高知で過ごすもろさわさんですが、今年はコロナ禍で春に沖縄にいらして以来信州にも高知にも戻れず、通年で沖縄滞在中です。

  来年年明け早々に満96歳の誕生日を迎えられるもろさわさん。昨年は2度の骨折で、それぞれ三カ月の入院をなさるされるという大変な状況を、リハビリを力強くこなされて復活、その後酷暑の沖縄長期滞在とあって、高知や長野はじめ全国から「もろさわさんお元気でしょうか?」「お一人で大丈夫かしら?」という問い合わせが相次いでいます。

 他の人にかまわれるのがあまりお好きでないもろさわさんなので、何かしらわざと用事をつくっては、時折お訪ねして、皆さんのお問い合わせにお応えするのが私のお役目と思って、今日もお訪ねしました。

 お一人で外出こそできませんが、室内は歩行補助器を使って移動し、お食事も自炊していらっしゃます。とてもお元気でした。みなさんご安心ください。

 一時間ほどおしゃべりをしてまいりましたが、「社会状況といい、政治状況といい、こんな状況下で死んでいる場合ではない!」と意気軒昂です。

 つい先日発刊されたばかりの報告集「志縁」の、もろさわさんのメッセージの締めのことばが、「積み重ねてきた絶望の堆積がどんな祝福に転嫁するのか、これからが私の本番」、です。母親ほどの年の差があるもろさわさんに「これからが私の本番」と言われては、「70代で”年だから”などどいっている場合ではない!」と、私も自省しながら帰ってきました。

 今年は大変な一年でしたが、もろさわさんがおっしゃる通り、これが「大きな祝福に転嫁する」可能性もあります。そしてそれはまた ” 今を生きる私たち次第 ”とも言えます。なので去り行く2020年を(コロナにも)「ありがとう」といって見送りたいと思います。

 この一年間、ブログ「うちなぁ かな日記」をご愛読ありがとうございました。来年こそみんなの力で良い年にしましょう!

 

2020年12月30日リンクURL

私からフェンスがなくなる日 ~ 辺野古テントの掲示板から

 フェンスとは、もちろん米軍基地を囲むフェンスである。沖縄中いたるところに張り巡らされているフェンスが全部なくなったら!と想像したことがあるだろうか?

 「自分が生きている間にはありえない」と、勝手に思い込んでいるから、「想像さえしなかった」というのが大方のうちなぁんちゅ(沖縄人)ではないだろうか!言われてみてはじめて思う。どんなに清々、すっきりするだろうか!と。それをアート(写真)で実現させた人たちがいる。

 その写真展のことを、沖縄タイムスの阿部岳記者が紹介した記事と、写真の一部が、辺野古ゲート前テントの掲示板に掲げられている。

 ちょっとわかりにくいが、大いに想像力を働かせて、あなたの中にある心のフェンスと一緒に、普天間基地の、嘉手納基地の、キャンプ・キンザーの、キャンプ・プシュワブ(辺野古基地)のフェンスを、消しゴムで消してみてみよう!

 

 阿部記者の紹介記事が、さらにあなたの想像力をかきき立ててくれるはず。

 この掲示板を見て思い出したことがある。1996年のSACO合意で、普天間基地の返還がいわれたとき、「還ってくる普天間基地を街にするのではなく、自然豊かな森に戻そう」という運動に関わったことがある。フェンスがなくなることに胸をワクワクさせて活動した。環境都市、自然豊かな北欧のスエーデン、ドイツまで仲間たちとともに学びにも行った。25年も前のことである。

 あの瑞々しい感性を、いつの間にか干乾びさせてしまった自分を反省する。

 まずは、自分の中のフェンスを取り除くことから始めたい。新しい年に向けて新たなユメを描こう。きっと辺野古で座り込む原動力となることだろう。

 

 

2020年12月24日リンクURL