6月フラワーデモ ~ 私たちは黙らない!

 2019年、父親からの性暴力訴えていた裁判で無罪判決が出されたことに抗議し、社会から性暴力を撲滅しようと#Metoo運動、フラワーワーデモが、東京から始まり、全国へ広がった。

 以来、沖縄でも毎月11日に、県庁前の県民広場で任意で集まった人たちが、声を上げ続けている。

 コロナ禍が始まって、語り合うことが難しくなったので、現在はプラカードと「花」を手にスタンディングが中心となっている。

 今日は男性二人、子ども二人を含む17人が集まった。

 

 今日は特に、昨年10月に起こった米軍兵士による性暴力事件の判決が確定したことが報告された。

 強制性交等致傷の罪に問われた在沖米海兵隊上等兵に懲役4年6月を言い渡した判決が、9日の期限までに控訴がなかったため、確定したもの。

 フラワーデモは、同じく県民ひろばで、来月も11日に午後7時から行われる。

 (写真の花々は、現在県民ひろばの花壇に咲いている花たち)

 

 

 

2022年6月11日リンクURL

性暴力米兵に判決 ~ 「今までの私を返して!」被害者訴え

  米軍基地が異常に集中する沖縄で、米軍人・軍属による女性への性暴力事件が後を絶たない。昨年10月に起きた事件で、那覇地裁はきのう、被告米兵に懲役4年6カ月の懲役を言い渡した。

 

↑<27日 琉球新報 ↑>

 

 25日の琉球新報によると、24日に開かれたジョーダン・ビゲイ被告の公判では、被害女性による意見陳述書を検察官が読み上げた。

「心療内科に通院し、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され服薬が続く。歩いたり車に乗ったり、後ろに人が立ったりすることにも恐怖を感じるといい、癒えることのない、苦しい胸の内をつづった。
 「怒りは湧きません。本当に死んじゃうかと思った。こんな怖い思いを誰にもしてほしくない」と思いを語った。4月に事件が報道されるようになってからは「何度も自分を責めた。どうすればよかったのと混乱することも多かった」と振り返る。
「普通にできたことができなくなった。今までの私を返してほしい」と訴え、事件が二度と起きない世の中を願った。

 

2022年5月27日リンクURL

4・28 屈辱の日に また屈辱を重ねる日本政府 ~ 辺野古不承認に是正指示

 「屈辱の日」。戦争に負け米国の占領下におかれたニッポンが、沖縄を人質として米国に渡すことで、再び独立国になれた1952年4月28日以来、沖縄の人々は4月28日をそう呼ぶ。

 海上集会で互いに手を振り合う国頭村側からの船(奥)と与論町側からの船(手前) =28日午前11時53分、北緯27度線付近(小川昌宏撮影)

 

【国頭・与論】沖縄や奄美群島が日本から切り離された、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効から28日で70年となった。72年の復帰まで米統治下に置かれた沖縄と本土側の隔絶を象徴する北緯27度線付近で、国頭村と鹿児島県与論町は28日、沖縄の復帰を求めた海上集会を再現した。
 今年は復帰50年の節目。記念行進や式典なども行い、分断の歴史を後世に語り継ぐことを確認した。海上集会には約140人が参加し、計21隻出港した。参加者は「両町村の『心の絆』を継承し、交流を深める」と宣言文を読み上げた。海上集会は1963年~69年に沖縄側と先に復帰を果たした与論町側の関係者が開催した。2012年に一度再現して今回10年ぶりに開催した。(長嶺晃太朗まとめ)   

 <4月29日 琉球新報記事  ↑>

 70年目の 「屈辱の日」だった昨日(4月28日)、政府は沖縄県に対し、「辺野古の設計変更を認めろ!」と命令を下した。

<4月29日 琉球新報↑↓>

 政府のやることに異議を唱えると「言うとおりにしろ!」と命令を下す。これでは地方自治は国の下請け機関でしかない。先日は、辺野古新基地に反対する住民の訴えも、裁判で門前払いにされた。政府の名のもとにどんな理不尽もまかり通るこの国では、不都合なこと・ものは、常に力の弱いところにおしつけられる。

 6年前、元米兵によって殺害され遺体を遺棄された女性の性暴力事件も、この「屈辱の日」に起きた。積み重ねられる屈辱は、このままではこれからも続く。権力は常に「強さに拠り、弱気をないがしろにする」。弱小国民が救われる道はあるのか?

 

 

2022年4月29日リンクURL