朝鮮人元「軍夫」を悼み 故・安里英子代表を偲ぶ ~ 「恨の碑の会」追悼式①

 慰霊月6月、沖縄中各地で沖縄戦の犠牲者を悼む慰霊祭が行われている。今日(15日)は、読谷村瀬名波にある「恨の碑」の慰霊式に参列した。

 去る大戦で日本軍に強制連行され、犠牲となった朝鮮人軍夫や従軍「慰安婦」の事実を後世に伝える「恨の碑」(2006年建立)。「軍夫」「慰安婦」いずれもその実数は未だ定かではない。数万とも十数万ともいわれている。 

 深い木立に囲まれた碑は、2.7m×2mの銅板に刻まれた3人の像を刻むレリーフ。目かくしされ後ろ手にしばられて連行される若者、脚元に座してアイゴ!を叫んで慟哭する母の姿、銃を構えているのは日本兵。読谷村在住の彫刻家・金城実さんの作である。

 今年は、去る5月に急逝した故・安里英子代表を偲ぶ会を兼ねた追悼式となった。例年は恨の碑の前で行われてきたが、前日からの豪雨を考慮して、今年は読谷文化センターを会場に行うに先立ち、午前中に恨の碑の前で、読経が行われた。 

 碑文に刻まれた言葉に胸をえぐられる。戦争の無残の極みがここにある。決して二度と繰り返してならない。

 

この地に果てた兄姉の碑に

           安里英子

 この島はなぜ寡黙になってしまったのか

何故語ろうとしないのか

女たちの悲しみを

朝鮮半島の兄姉たちのことを

 

引き裂かれ 連行された兄たち

 灼熱の船底で息絶え

 沖縄のこの地で手足をもぎ取られ

 魂を踏みにじられた兄たち

 

戦が終わり時が経っても

 この島から軍靴の音が絶えることはない

 奪われた土地、消えたムラ、女たちの悲鳴は続き

 人々の心は乾いたままだ

 

兄たちよ

 いまだ供養されず石灰岩の裂け目に埋もれる骨、骨、骨

 故郷の土饅頭に帰ることもかなわない

 兄たちよ

 

 私たち沖縄人は

 未だ軍靴に踏みにじられたままの

 兄姉たちの魂に

 深く頭を垂れる

 

 日本軍の性奴隷として踏みにじられた姉たち

 軍夫として犠牲になった兄たちに深く頭を垂れる

 やがて固く結んだ鳳仙花の種が弾け

 相互の海を越えて花咲くことを信じて

 

兄姉よ、

 あなたたちの辿った苦難を語り継ぎ

 地球上から戦争と軍隊を根絶することを

 この地に果てた兄姉の魂に

 私たちは誓う

 

2024年6月15日リンクURL

大雨洪水警報の中で 座り込み ~ 6月12日の辺野古

 雨に煙る那覇の街。辺野古へ行く日は朝6時過ぎに家をでる。

 昨夜(12日)は夜中に何度も大雨洪水警報の避難指示エリアメールが鳴り響いていた。自宅が川のすぐそば(マンションのベランダから2メートルほど先)にあるため、大雨の時はいつも川の増水が気になる。警報のたびにベランダから川を覗き込んだ。睡眠不足での辺野古行動は少し辛い。

 9時前、ゲート前に座り込む頃には、少し小降りになった。歌や踊りで元気をつける。非暴力の抵抗に歌や踊りは無くてはならない大切なツール。水曜日は特に歌や踊りが得意な人たちが揃っている。みんなが歌っている間は、機動隊も排除をためらう。(その日の指揮官にもよるが…)

 強制排除はいつもより10分ほど遅れて始まった。

 ひとりに4~5人の機動隊が張り付く。

 高齢で座り込みはできないからと、辺野古ゲート前のテントに、毎月2リットルペットボトルのミネラルウォーターを、13ケースも届けてくださる方がいる。この日も一時間以上もかけて自ら水を運んできた。こういう目に見えない応援に支えられて、辺野古の闘いは続けてこれたのだ。 

 辺野古の集落では、花をいっぱいつけたゆーなんぎい(ゆうなの木)の大木があちこちで見られた。混じりっけのない透き通るような黄色のさわやかさが好きだ。

 

 

 

 

                  

ゲート前の座り込みももうすぐ(7月7日)満10年となる。

 

 

2024年6月13日リンクURL

「戦争は次の戦争を生み、平和は実現しない ! 」~ 6月5日の辺野古

梅雨の晴れ間の快晴、秋のような薄雲が空の青に映える朝、いつものように辺野古へ向かう。

 那覇発7:00平和市民連絡会のバスは、いつもの常連さんに、県外からの参加者が加わりほぼ満席。今日も暑い、熱い一日が予想される。

 辺野古メインゲートのテントに到着すると、先日東京での集会で使われた色とりどりのバナーが出迎えてくれた。

 9:30 一回目の座り込み。

 6・23に向けて、やんばるから糸満の摩文仁まで平和行進を続けている宗教者の方々が参加。韓国からのメンバーが、祈りと平和のメッセージを読み上げた。

 

 

 

 

 

 20分ほどで全員が機動隊に排除され、たくさんのミキサー車や埋め立て資材を積んだダンプが入る。

 正午前、2回目の座り込み。

 県外から毎月のようにやってきて座り込みに参加する弁護士さん。前日新聞報道で明らかになった、沖縄戦の日本軍最高司令官・牛島中将の辞世の句が、自衛隊ホームページに掲載されていることについて「これまで自衛隊は旧日本軍との繋がりをイメージさせるような事柄は避けてきたが、いまはもうそれさえ気にしなくなった。沖縄だけでなく、靖国神社への公務参拝も平気でやるなど、戦争政策を隠さない。戦争は次の戦争を生み、決して平和にはつながらない」と批判した。

 午後3時過ぎ、三回目も40人近くが座り込んだ。

 空は、朝のうろこ雲から、生まれたての入道雲のような、夏らしい雲に変わっていた。

 

 

2024年6月6日リンクURL