相次ぐ米兵による性暴力事件への怒りが収まらない。県内女性団体を束ねる「県女性団体連絡協議会」が、女性団体のみならず、より多くの県民が幅広く参加できる大規模な県民大会を、県議会が一丸となって呼び掛け開催するよう求めている。

<7月25日 琉球新報>
相次ぐ米兵による性暴力事件への怒りが収まらない。県内女性団体を束ねる「県女性団体連絡協議会」が、女性団体のみならず、より多くの県民が幅広く参加できる大規模な県民大会を、県議会が一丸となって呼び掛け開催するよう求めている。

<7月25日 琉球新報>

いつもの水曜日、先島地方に接近する台風3号の影響で、風や雨が強まる中辺野古へ向かう。
辺野古集落が近づくと辺野古側の埋立て地が見える場所がある。護岸に赤土で濁った潮が白波を立てていた。

断続的に大粒の雨が落ちるが、風が強く傘も差せない。安和、塩川からの搬入・搬出が止まっているため、両方の担当の人たちも辺野古へ来てくれたので、悪天候に関わらず、いつもの人数で座り込んだ。

大分県から一人でやってきた女性。「米兵の性暴力事件が相次ぎ、沖縄の苦悩を思うと、居ても立ってもいられずやってきた。声を上げた少女の勇気に応えられるよう、自分のいる地域でも沖縄とともに声を上げていきたい。共に頑張りましょう」







一回目の座り込みの後、ゲート前のテントに、韓国からの高校生グループ6名(+引率教師3名)が訪れた。
平和学習で、南部の戦跡や米軍基地、伊江島なども回ってきたという。

私はこの後次の日程があり、正午前に辺野古を後にしたが、今朝の琉球新報が、その後の様子を伝えていいる。

<7月24日 琉球新報>
辺野古へ到着して真っ先に目に着いたのはこの看板。座り込み10年を期して書き換えられていた。私は、6日の県民大行動、先週水曜日(10日)ともに来れなかったので報告が遅れてしまったが、色も文字もおしゃれにすっきりして「さあ!また頑張る!」という気持ちになった。
作ってくださったのはこの方!
地元辺野古の住人・金城武政さん。ネット右翼に揶揄されたり、壊されたり、盗まれたりされても、コツコツ、淡々と地味な裏方を徹底して担ってきたこの10年。肝の据わった方だ。高校生のとき、母親を米兵に殺された悲憤の経験を持つ。


安和でのダンプ事故の影響で、安和と塩川港からの搬出が止まっているため、安和、塩川担当の人たちも辺野古へ参加、いつもより少し多めの人数で座り込んだ。 

那覇から一緒のバスで来た方は、弁護士さん。「沖縄の米軍基地は、日本人の問題である。日本は米国から独立せよ!沖縄を解放しろ!」法律の専門家だけに文言に説得力がある。

こんなメッセージボードも持っていた。

いつもトイレを使わせてもらっている第二テントの畑で、たわわに実をつけたバナナ。眺めるだけで心が豊かになる。
2回目(正午)の座り込みは突然の雨。亜熱帯の夏特有のスコールだが、20分は続いただろうか、傘をさしていても肌着までびしょ濡れに。





昼食の後に、ゲート前カフェがオープン。コロナ禍の前は毎日開店していたが、久しぶりのお目見えである。あたりに心地よいコーヒーの香りが漂った。


三回目は打って変わって晴天。県警さんはまだレインコートを着ていた。



炎天下に恵みの雨、テント横の花壇で花たちが喜んでいた。
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