鯉のぼりはためくゲート前 ~ 今日(5月13日)の辺野古

 4月21日から辺野古ゲート前の座り込み抗議行動が中断して以後初めての辺野古。行動責任者の水曜日当番である平和市民連絡会の一員として、状況チェックのため仲間4人と出かけた。7時半過ぎ辺野古テントに到着。

 一応誰もいないはずになっているが、やはり気になるのかテントスタッフや座り込みの常連が一人、また一人と集まってくる。8時頃には10人を超えた。

ただ、座り込みの日数を示す表示板は、抗議行動がストップした4月21日の2116日のままで止まっていた。

 

 コロナ対策で、スペースを空けて座れるよう、ベンチには色分けがしてあった。座り込み自粛中も黙々と地道にこのような作業をする人が、座り込みテントにはいる。 

のどかに鯉のぼりがはためいている。

 作業員の中にコロナ感染者が出て、建設工事もストップしているため、工事用ゲートも、固く門を閉ざしている。いつもならここに50人は立ち並ぶ警備員も、ゲートの両端に二人ずつ立っているのみ。この様子からすると、今日も工事再開はないとみられる。

 看視の警察車両だけはいつも通りの任務のようだ。

 私たちも早々と昼食を済ませて、午前中には辺野古を出た。(みんなの弁当を持ち寄ると、結構豪華なランチバイキング風になる。美味しいのでついつい食べ過ぎてしまった)

 沖縄は梅雨に入ったばかりで、辺野古への行き帰りやんばる路は、梅雨の花「いじゅ」が満開(高速道路沿いに咲いているのでうまく写真は撮れなかった)、雨の似合う花「月桃」も今が花の盛り。

テント横の花壇も、花々が咲き競ってる。

 

 

2020年5月13日リンクURL

9条の碑シリーズ⑤ ~ 西原町の9条の碑

 沖縄県のコロナ新感染者は、昨日まで11日間のゼロを記録し、玉城デニー知事は、14日からに段階的に休業要請を解除すると発表した。

 今朝出勤時間に一時間ほど街頭で県議選の応援の手振りスタンディングをしていると、昨日と打って変わって、交通量は普段に近い状態に戻り、道行く人・車の運転をしている人の半分以上が、すでにマスクをしていない。のんびり屋のうちなぁ人にしては、反応が早いなあ!

 しかし、今日の主題はコロナではない。2014年、全国で皆無の状態の中で、沖縄に「9条の碑」が多い(当時6つ)ということがわかり、シリーズで紹介を始めた。が、辺野古の工事が始まったことなどもあり、中断したままになってしまった。改めて紹介を続けたい≁

 

シリーズ⑤~西原町の9条の碑

 西原町の9条の碑は、2002年10月に沖縄の祖国復帰30周年を記念し建立された。沖縄にとって「祖国復帰」とは、まさに「平和憲法を持つ日本へ帰ること」だったのである。

 沖縄にある7つの9条の碑のほとんどが行政の手によるものであるが、西原町も町役場の前に、町を見守るように穏やかにたたずむ。

 ここ 西原町は、沖縄戦で住民の半数近くの人が犠牲になったという。町民の平和への思いは、ことさら強いものがあるのではないだろうか。

 

建立当時の町長・翁長正貞氏の町民への政策理念が「沖縄の立場を踏まえ、護憲、反戦平和、国際交流を基調とする街づくり」であった。平和への想いの強さが伝わってくる。西原9条連の共同代表も務めた。

 西原町には、いま町内にアメリカ軍の基地などがなく、日本一の広大な敷地面積を持つ琉球大学があり、平和な文教都市として発展している。その礎を憲法9条の碑が担っている。憲法9条を変えさせてはならない。

2020年5月12日リンクURL

平和や人権に重大事態進行 ~ コロナ禍にかこつけて

自分の国の政治を信頼できない」、国民にとって不幸なことはない。自らが選んだ政治家たちであるだけに、身を切られるような思いだ。

 全国民がコロナ禍で死ぬほど苦しんでいるときに、裏で「戦争のできる国にするために奔走する人たち」、それがこの国のかじ取りを牛耳っている。そんな政治家を、私たちはいつまで選び続けるのだろう。

<5月1日 琉球新報>

<5月4日 琉球新報>

2020年5月1日リンクURL