最近では、方言とは言わず「うちなぁぐち」、もしくは「島ことば」といういい方が定着してきました。
言語学的にも、日本語の一部ではなく、沖縄語として認められているようです。
このところ、行政でも 窓口で「うちなぁぐち」を話せる職員を養成したり、せめてあいさつだけでもうちなぁぐちでと奨励する病院など公共施設も増えました。
昨今の若者たちは「うちなぁぐち」を使えることが、カッコイイと受け止められているようですが、実はうちなぁぐち、ついひと昔前までは方言と呼ばれ、ダサイ、カッコワルイ言葉だったのです。
特に戦時中には、「方言を使う者はスパイ」と決めつけられ、日本軍から処刑された沖縄の住民は数知れません。
戦後生まれながら、学生時代に「方言札」や「標準語励行」の洗礼をうけた世代としては、こういう時代が来るとは、夢にも思いませんでした。
隔世の感がします。
必要以上にナショナリズムをあおるのは好きではありませんが、何を隠そう私も、沖縄文化の原点である「うちなぁぐち」を愛する一人です。
私のこのうちなぁぐちへの想いは、沖縄の伝統芸能であ「琉球舞踊」を40年近くやってきたことも大きいですが
もっと根っこに、おばぁちやん子として育ったことがあると私自身は感じています。
祖母の腕枕で聞いた子守歌、
嬉しいにつけ、悲しいにつけ祖母が歌っていた民謡、
祝いの座で踊るカチャーシー(型のない自由舞い)、
私が悪さをしたときや、わがままを言ったときのお小言までが、即興の歌だった祖母の姿が、身体の芯まで染みこんでいるのです。
うちなぁぐちを知らない人に沖縄を語るとき、
うちなぁぐちでなければ表現できない微妙なニュアンスがあって
相手に伝わらないもどかしさを 感じることがよくあります。
とは言っても、標準語励行世代の私は、うちなぁぐちが あまり流暢にはしゃべれません。
何それ?と言われそうですが、聞くことはほぼできるのです。
「英語で論文も書くが、英会話は苦手な日本人」をイメージしていただければ、納得していただけるでしょうか。
日本人は、以心伝心が得意(魂が進化するとテレパシーで通じるとか)だけど現実には言葉にしなければ伝わらないこともたくさんあります。
沖縄を知っていただくために、これから随時このブログで、沖縄の言葉、うちなぁぐち・島ことばの紹介していきたいと思います。
興味のある方は どうぞお付き合い下さい。