「150才まで頑張ります」文子おばぁかじまやーの祝い ~ 10月21日の辺野古 ②

 10月21日、シュワブ基地ゲート前のテントで行われた「文子おばぁカジマヤー祝い」には、県内外から200人余が集いました。

 


 一回目と2回目の座り込みの合間を縫ってのかじまやーの祝宴は文子さんにふさわしい祝いの場になりました。

 祝福の歌三線や舞、お祝いのメッセージなど多彩なプログラムが組まれ、玉城デニー前知事からも、壮絶な沖縄戦を生き抜いた経験から、「うちなーんちゅの命と暮らしを守るために活動を続けてこられた島袋様のご功績は、尊敬と感言葉では足りないほどの価値がございます」と、さらなる長寿を願う祝福のメッセージが寄せられました。

 

 大城敬人さんの司会、金城武政さんの主催者代表あいさつ、来賓の赤嶺政賢さんの祝辞、三上知恵さんの文子さん紹介、リレートーク、私も祝儀舞踊を2題(かじゃで風、四つ竹)琉舞仲間と舞わせていただきました。(自身が踊り手だったので写真はありません💦)

 ご本人のあいさつ。「97歳になったけれど、気持ちはまだ15、16才です。波乱万丈の人生でした。戦争は絶対にやってはいけません。誰のために戦争をするんですか?戦争をして幸せになった人がいますか? 皆さん!!子や孫に戦争の苦しみをさせないために声を上げましょう!私は150才まで長生きしてこれからも頑張ります。今日まで頑張ってこれたのも、たくさんの方々の支えがあったからです。ありがとうございます」

 最後に喜納昌吉さんが飛び入りを志願。「沖縄中に、日本中に、世界中にお文子おばぁの願いを響かせ、世界から戦争を追い出そう」と、お馴染みの「花」を熱唱しました。 

 祝宴が終わって一段落したところで、この日の準備を中心になって担い、司会も務め終えた大城敬人さんにサプライズ。祝いの看板の紙を剥がすと敬人さんへのねぎらいの言葉が現れるという、実行委員会による粋なはからい。花束と大きな拍手が送られました。

 敬人さん、お疲れ様でした。そしてありがとう!!!

 

 

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文子さんに会いたくて… ~ 10月21日の辺野古 ①

 辺野古反対闘争のマドンナ島袋文子さんのかじまやーのお祝いが、辺野古ゲート前で行われるため、準備追われるあわただしい一日のスタートとなった。

 奇しくもこの日は31年前、3人の米兵による少女強かん事件に対する県民大会から31年目の日であり、10・21反戦デーでもある。軍事基地に翻弄される沖縄の姿が凝縮した日だ。

 辺野古へ到着すると、お祝いの看板など会場造りが進んでいた。

 一回目の座り込み。かじまやー祝いのため、県外から駆け付けた人など、いつもの水曜日メンバーとは顔ぶれがかなりに変わっていた。

 平和を求める元軍人の会日本支部のメンバーという女性。「文子さんの存在にはいつもが励まされてきた。文子さんのお祝いと聞いてぜひ参加したいと大阪からやってきた。自分は文子さんより10歳以上若いが、いつまで活動できるかわからない。文子さんに見習ってまだがんばりたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午前の2回目の座り込みは、かじまやーのお祝いがまだ続いていたため、私はゲート前には行けなかった。祝いの様子は、長くなるので項を改めてお伝えする。

 午後3時前、三回目の座り込みの少し前からぽつぽつを雨が降り出した。かじまやー祝いの席から引き続き座り込みに来てくれた方もいて、結構な人数になった。

 目の前に一台のレンタカーが停まり、お孫さんを連れたご夫妻が降りてきた。「皆さんがこうして米軍基地に抵抗して闘っていることを、ヤマトの人間として申し訳ないと思っている。今日は沖縄が初めての孫と美ら海水族館に行っての帰り。運よく座り込み時間に出会えてよかった。なかなか沖縄まではこれないが、地元でできることをやっていきたい」と激励の言葉に気持ちが暖かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 カジマヤーの祝いといい、レンタカーから降りての激励の声かけといい、今日は胸が熱くなりような場面の連続で、だんだん雨が激しくなる中での3回目の座り込みも苦にならなかった。

 

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自衛隊はミサイルを持って出て行って !~「キーン・ソード27」反対!うるま市民集会

 自衛隊と米軍による日米共同演習「キーン・ソード」が、今日(19日)から、沖縄を重点に全国各地児実施されるのを前に、うるま市の自衛隊勝連駐屯地前で、抗議のうるま市民衆集会が行われた。

 29日までの期間中、自衛隊4万5千人、米軍1万2千人の他、フランスやオーストラリア、オランダなど9か国の軍隊が参加する過去最大級の軍事演習となり、「沖縄が最前線になる戦争訓練」として、県民に恐怖を与えている。

  

 集会にはうるま市民だけでなく、那覇や名護、中部各地から200人近くが参加、「沖縄が核ミサイル戦争の戦場になることを想定した演習であり、私たちをより危険にさらす」「アメリカの権益を守るための戦争を日本、特に沖縄を利用する戦争だ」「軍事力を高めることで平和は守れない」などと口々に訴えた。

 集会後、勝連分屯地指令官あてのキーン・ソードの中止などを求める要請書を、自衛官に手渡した。

 市民らは、分屯地から出てきた自衛官に対して、「戦争は人を殺すこと、そして殺されること。私たちは戦争なんかで死にたくない。私たちの命と同じように、あなたたちの命も大事です」「アメリカのためにあなたたちが戦死することはないよ」「戦争しないでください!」と呼びかけた。自衛官は、マイクを向けても一言も発することなく、要請書を受け取った。

 キーン・ソード27では、与那国と石垣市で米軍の最新型地対艦ミサイル「メネシス」と新型の防空統合システム「マディス」の実践訓練が行われる。宮古島ではオスプレイが初飛来。ブルービーチやキャンプハンセンでは「水陸両用作戦」、伊江島(パラシュート訓練)、伊是名島などで各種の訓練が展開されるほか、民間の5つの空港や港も使用、さながら戦争状態が展開される。

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