
辺野古へ到着すると、6月から姿を消していたサンドコンパクション工事船が戻って来ていた。
25日、工事船6隻中2隻がおよそ半年ぶりに大浦湾に姿を現したが、まだ作業は開始していないという。
来年1月の名護市長選挙を前に、工事が進んでいることを、アピールする狙いではないかとみられている。


それでも、私たちはただ淡々とダンプの前に座り込むだけだ。






一回目の座り込みを終え戻ったテントの足元で、西洋タンポポが愛らしい姿を見せてくれた。種を運ぶ綿毛が、風に乗って、いまにも飛び出しそう。
しかし、こんなに愛らしいのに、繁殖力が強く、在来のタンポポとの競合や交雑を引き起こすため、「要注意外来生物」に指定されているという。人間社会だけでなく、自然界の生存競争も複雑で厳しい。何とも言い難い奇妙な気持ちになった。
10時を過ぎると那覇からの2台目のバスも到着、県外や海外から次々とやってきてテント下は、いつものようににぎやかになった。
横須賀基地の近くに住む女性たちのグループが、歌とメッセージで連帯を示した。前日対馬丸記念館へ行って改めて感じたという。「対馬丸は、沖縄が戦場になりそうだからと、住民を避難させるための疎開船だった。それが攻撃され沈められた。いままた台湾有事に備えて、住民を九州に避難させる計画や訓練が行なわれている。愚かにもまた同じ過ちを繰り返すのか?戦争は始めたらおしまい。戦争しないための外交努力を」と。

「文子おばぁと共に 戦争に反対しよう」。新しい幟がはためいていた。(裏写りして読みにくいが…)

この後、辺野古が初めての友人を案内して浜のテントへ。
ゲート前での座り込みが始まる20年も前から、地元のおじいおばあたちが、新基地に反対して闘いを続けている現場だ。先人たちのこの闘いがあるからこそ、いまゲート前の闘いに繋がっていることを、忘れてはならない。

辺野古浜から埋め立て地を見た。 大浦湾側の土砂投入を今月中にも始めると発表した防衛局。これまで大浦湾側の埋立てに備えて、運び込んだ土砂が、うず高く積み上げられていた。
軟弱地盤解決の目途もたたないまま、浅瀬部分だけの埋立てで、何とか工事を引き延ばし、時間潰しをしようとしているのではないか。

欲を言えば、生活文化の中の泡盛についても、もう少し酒屋ならではのウンチクを聞き出してほしかったなと思う。酒は「百薬の長」と言われるが、泡盛がまさにそうだ。
