ベテランズ フォー ピース⑤ 辺野古にて~軍隊の本当の姿

彼もアフガン、イラク戦争の帰還兵。

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「僕も特別な飲み物を飲まされて、頭がおかしくなった一人だ(笑い)。平和のためだと信じて軍隊に入った。
しかし、アメリカの軍隊は世界中で本当にひどいことをやってきたんだ。

これはグリーンランドでの出来事。イヌイットの村に突然やってきた米軍は
彼らにたった4日間で、村ごと立ち退くよう強制移住を命令した。イヌイットの人たちの土地を取り上げて米軍基地をつくるためだ。
100マイル先に新しい住居を用意するという約束は守られず、多くの人たちが命を落とした。

人々が味わった悲しみ、苦しみ、暮らしのすべてが破壊される理不尽。
同じようなことは、世界のあちこちで行われた。

 

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戦争というものがもたらすものは何か!戦争が何たるかを、軍隊に入って初めて知った。
いまは、どうすれば外国にある米軍基地を、平和的になくしていくことができるかと活動している。

世界にある800もの米軍基地、その中でも沖縄は最も軍事化された島だ。
世界中から戦争をなくす第一歩をこの辺野古から始めよう

そして、彼はもう一つ大事な話をした。「皆さんがゲート前で、基地建設に反対して抗議行動をすることはとても大事なことだ。ただ、お願いしたいことは、基地の中の米兵を敵視するのではなく、語りかけてほしい。自分の経験からいうと、基地や軍隊に反対する人たちがいることを知ることで、なぜ反対する人たちがいるのか考えるようになる。仲間同士で議論しあい、反戦兵士のグループができ、こっそりニュースレターなどをつくって、他の兵士へ働きかける、そんなことも起こってくる。彼らを巻き込んで下さい」と。大切な視点だと思う。

 

2015年12月23日リンクURL

ベテランズ フォー ピース 辺野古にて④~枯葉剤の影響で子供に障害が… 

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彼はベトナム戦争の帰還兵。ベトナムへは沖縄の基地から飛び立っていった。
戦場で地獄を見た。帰還後心を病(PTSD)んだが、家族の支えで立ち直ることができた。

しかし、さらに試練が待っていた。結婚して最初の子どもが、唇に障害(みつくち)を持って生まれた。
息子は生後わずか数週間で大きな手術に耐えなければならなかった。無慈悲にも障害は唇だけではなかった。心臓にも他の臓器にも奇形があることがわかった。

医者は、この子は4歳まで生きられないだろうといった。
この子が6歳になったとき、妻は息子を抱きしめて、「だんだん冷たくなっていく!」と泣いた。
私も息子を抱きしめた。息子は天国に召された。
息子の障害は、私に起因する。つまり、ベトナム戦争で使われた枯葉剤が原因だということは明らかだった。

平和運動をするようになって、かつて自分が戦ったベトナムを訪れた。
そこで息子のように障害を持った子どもたちがたくさん生まれたことを、いまも生まれ続けていいることを知った。

これが戦争がもたらすものの真実の姿である。平和のための戦争などありえない。
そのことを伝えるためにBFPで活動している。

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沖縄の皆さんの抵抗運動は私たちの希望の光であり、世界平和に大きな貢献をしている。
辺野古に新しい基地をつくらせないため、沖縄の皆さんと共に頑張ります。

彼は淡々と語ったが、聞いていたゲート前の人たち、特に女性たちは、流れる涙を禁じえなかった。
人類はなぜ戦争をするのだろうか?戦争をしてだれが得をするのだろうか?
改めて、金網の中の人たちへも思いを馳せた。

2015年12月21日リンクURL

ベテランズ フォー ピース 辺野古にて③~イラク戦争に反対して外交官をやめた

ベテランズ フォー ピースのメンバー12名は
一週間の沖縄滞在中、各地でシンポジウムや交流会、大学で若者たちとの話し合いなど精力的にスケジュールをこなしながら、辺野古ゲート前の早朝行動に4日間参加した。

工事車両用ゲートの前に座り込む

<工事車両用ゲートの前に座り込むBFPの皆さん>

 

アン・ライトさん

アン・ライトさん

アン・ライトさんは、29年間米空軍に働き、退役の時は大尉だった。
引き続き16年間は外交官として世界各地の大使館に勤めた。

しかし2003年、アメリカがイラク戦争を始めたとき、イラク戦争に反対する長い手紙をブッシュ大統領に送り、外交官をやめた。
以後は様々な世界的な平和運動にかかわってきた。ベテランズ フォー ピースもその一つである。

「アメリカ市民として私たちのやるべきことは、この辺野古基地の建設をやめさせること。皆さんと一緒に頑張ります」と語った。

アンライトさんは、沖縄の女性たちとも親交が深く、早くから辺野古の問題にも取り組んできた。オバマ大統領がハワイで休暇を過ごすとき彼が宿泊するホテルの周辺で、「NO HENOKO」のプラカードを持ってデモ行進を行っている。今年のクリスマス休暇にも行うという。
先月行われた島ぐるみ会議の訪米に際しても、米国内の有力議員たちやシンクタンクなどとの面談のセッティングなどに尽力した。

2015年12月19日リンクURL