山海の恵みでウークイ ~ 旧盆の渡嘉敷島②

 島のウークイ(送り火)料理の数々です。

 お肉に魚、果物、お餅、泡盛からビール。「そんな殺生な!」精進料理の大和文化になじんだ方々は目を丸くしますよね。

 今どきは、スーパーやデパ地下でお盆料理も注文してゲットできますが、我が家ではお餅からすべて料理は手作りです。

 わが4姉妹はみんなおばあちゃん子で、祖母の薫陶を受けて、島の行事料理を受け継いできました。私はあまり大きな顔して威張れませんが、妹たちが料理がうまいので、ご覧の通りです。私は雑用係と食べる役に徹しています。その四姉妹もみんな「おばあちゃん」と呼ばれる世代になりましたけど…。

 

 

2021年8月23日リンクURL

ふるさとの海・山に向かいて言うことなし ありがたきかな! ~ 旧盆の渡嘉敷島

 半年ぶりのふるさと・渡嘉敷島。コロナ禍で旧盆の帰省をあきらめた人たちも多いようです。「ちゃんとお参りするから…」と両親と約束した手前、わが兄弟姉妹は、何を差し置いてもお盆には帰ることにしています。

 島のひんぷん・城島。島の入り口で魔よけの屏風の役割を果たしています。

 港の周辺はすっかり桟橋で固められ、セメントで覆われてしまいましたが、城(ぐすく)島に渡る手前だけ200㍍ほど唯一砂浜が残っていて、帰省の度に私は貝殻を拾いに来ます。

 その貝殻も年々少なくなっていて、3~4種類の貝殻とサンゴのかけらを何とか拾うことがました。(ちょっとピンボケで、すみません…)

 旧盆入りの7月13日(8月20日)、ウンケージューシーをお供えしてご先祖様をお迎え。

 翌14日・中の日は、おソーメンとふかしたお芋をお供えします。

 

  

 

 

 

 

 

 決して飼っているつもりはないのですが、一匹のノラちゃんが住み着き、仕方なくエサをあげているうちに6匹もの大家族になってしまいました。

 最近3匹生まれたうちの二匹が、わが物顔で昼寝をしているのを、無理に起こしてカメラの被写体になってもらいました。ノラなので、名前はありません。左がお母さん似の三毛ちゃん。右がお父さん似の赤毛ちゃん。もう一匹三毛がいますが、とってもシカボー(臆病)で、人の足音が聞こえただけで隠れてしまいました。

 

 

2021年8月22日リンクURL

渡嘉敷島「集団自決」76年目の慰霊祭

 沖縄戦の忌まわしい記憶は、たとえ何年経とうとも癒えることはない。渡嘉敷島は、28日、「集団自決」から76年目のその日を迎えた。
 昨年に続いて、コロナ禍で村主催の合同慰霊祭は中止されたが、多くの村民や遺族が、それぞれに訪れ、線香を手向けたという。

<3月29日 琉球新報 ↑>

 現在の白玉の塔( 戦争犠牲者を祀る)

「集団自決地」の碑:当初の白玉の塔は、この地に建てられた。1960年周辺が米軍基地に接収されたため移転を余儀なくされ、62年に現在地に建立された。

 

 ケラマブルーに染まる慶良間海峡。米軍は、1945年4月1日の沖縄本島上陸を前に、3月26、27日慶良間諸島に上陸。この青く美しい海が真っ黒になるほど、無数の軍艦で埋め尽くされたと体験者は語る。

 現在はくじら海峡と呼ばれ、ホエールウォッチングや世界有数の透明度を誇るダイビングのメッカとして知られるこの海が、かつて地獄の海と化した歴史は、決して忘れてはならない。

 

 

2021年3月29日リンクURL