樹々がなぎ倒され 山肌はをさらすやんばるの山々 ~15年目のフクシマに思いを馳せる3・11の辺野古

 3月11日は、東日本大震災から15年が経つ。地獄の沖縄戦をくぐって生き残った今は亡き母が、津波で荒廃した被災地のテレビ映像をみて、「戦ぬぐとどある(まるで戦争の時のようだ」と涙を流した姿が忘れられない。

 私自身もその日、東京にいて宿泊していた宿に戻れず、ビルの片隅で、不安と寒さに震えながら一晩を明かした経験を持つ。辺野古へ向かうバスの中も、ゲート前も3・11が話題になった。

 15年たっても、いまだ避難生活を続けざるを得ない人々が、2万人を下らないという。本当の復興には程遠い。そんな国が、戦争準備なんかしている場合ではないはずだ。

 私たちが座り込んでいる真向い、それこそ目と鼻の先で重機がうなりを立てて樹木を引き抜き、山肌をはぎとっていた。新緑が燃え出したやんばるの森の、むき出しになった山肌が延々と連なる姿に思わず悲鳴が出そうになった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テント前では、紫外線さらされて色あせていた横断幕が新しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真を撮り損ねたが、新緑燃え出したイタジイの森、テント横の花壇の花たちも春を告げている。

 今週土曜日(14日)は辺野古浜のテントが座り込み8000日を迎える集会が行われる。

 

 

 

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