「沖縄が僕を裏切っても 僕は沖縄を裏切らない」 ~ 沖縄愛心熱く! 12月16日の辺野古

 12月も半ばをすぎたのに、日中の最高気温は夏に戻ったかのような24度。これが沖縄なのだ。今日も辺野古に座る

 辺野古へ到着と同時に目につくのが、建物の屋根を飛び越えてそびえるサンドコンパクション工事船。まだ稼働はしていないとのこと。

 台風を理由に半年以上も避難していたが、こんなにいい天気が続いても作業に取りかかれないとは、台風避難は口実だったのか?何か他に理由があるのか?

 誰かが、「お飾りだって!」と冗談を言った。「お飾りで一日何百万も?冗談じやないよ!」

          ホントに冗談じゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日一回目の座り込みは、やや少なめの人数だったが、なんか気合が入っていた。県外からの参加者が多かったからだろうか。弁護士さんのグループとあって、弁舌もさわやか。

 「高速を通ってきたが、右も左も基地だらけだった。どこかへ持って行けという話ではなく、戦争のための基地はすべてこの地上からなくすべき。その一助となるよう働きたい」 

 2回目、3回目と県外からの参加者が増えた。初めてという人、一年に一度という人、毎月という人、それぞれに思い入れがある。

 この方は、 「今年は今日が最後」と情緒たっぷりに辺野古座り込みへの思いを歌った後、「沖縄が僕を裏切っても、僕は沖縄を裏切らない。沖縄からすべての基地がなくなるまで通う」と宣言し、切ない余韻を残して辺野古を後にした。

 ゲート前のテントの陰に薄紅色のオジギソウが…。そっと触れると、葉っぱを閉じてしまう。それがお辞儀しているように見えるところからの命名だろうか。

 可愛くて、いつまでも見飽きない。

 

 

 

 

 

 

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防衛局は何を隠しているのか? ~ 12月県民大行動

 6日(土)は、第54回目の県民大行動が、辺野古ゲート前のテントで行われ、560人が参加(主催者発表)した。

 開会を前に、来年1月の名護市長選挙に立候補を予定している翁長久美子名護市議が登壇。「真に暮らしやすい、子どもたちが未来に夢を描ける名護市を目指し、辺野古を止めるためにも女性のリーダーを」と支持を訴えた。

 

 韓国済州大学で「4・3」事件を専攻する学生15人が、沖縄の歴史を学ぶため来沖、辺野古行動にも参加した。「沖縄では多くの人たちから応援と学びをいただいた。済州に戻ってしっかり沖縄で学んだことを活かしていきたい」と語った。

 昨年6月に.安波桟橋で起きた死傷事故で、瀕死の重傷を負った女性の家族が近況を報告。事故映像の開示をめぐる裁判で、「沖縄防衛局は最初映像はないと開示を拒否したが、県議会で野党議員に見せるなど存在は明らかだと追及されて、今度は映像の女性が、重症を負った女性と同一人物であるか特定できなかったと、不開示の理由を変遷させている。不自然でおかしい。防衛局は何を隠しているのか?」と不信感を表した。

 集会には玉城デニー知事もメッセージを寄せ、国会議員代表、県議会代表のあいさつ、各地の抗議行動の報告も行われた。

 集会後大浦湾側を回って帰途についた。大浦湾に戻ってきたサンドコンパクション工事船が三隻浮かんでいたが、やはり稼働はしていないという。

 

◆ずいぶん時間が経過していますが、記録のための掲載です。ご容赦ください。

 

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2週間のご無沙汰です!

 2週間ぶりのブログ更新です。

 去る6日パソコンのデータ入れ替えに失敗し、修復に4日ほどかかった。何とかメールは復旧できたものの、ブログはIDやパスワードがリセットされて、ログインできず、昨夜やっと修復、更新が可能になった。 しかし、この間パソコンの故障に始まり、以後怒涛の日々が続いた。

 10日水曜日は、弟の1周忌で辺野古は休んだものの、その朝、妹の連れ合いが倒れ、救急搬送、脳幹出血と診断され、重度の右半身不随の後遺症が残る状況に見舞われた。

 翌11日、50年来の友人の訃報が届いた。認知症で施設に入所、以来コロナ禍も重なり、会うことができず、電話だけの交信が続いていたが、ここ一年は電話さえも通じなくなっていた。

 彼女は、国認定の環境カウンセラーの資格を持つ環境の専門家で、県内はもちろん、県外では屋久島、国外ではタイ、スエーデン・デンマーク・ドイツ、中国四川省など一緒に環境調査に行き、番組を作った活動仲間である。

 お通夜で会った彼女の姿は、あまりにも変わり果てて、ショックでしばらく立ち上がれなかった。認知症は重度になると食べ物も認識できなくなり、食事もとれなくなることを知った。89歳だった。(合掌) 

 13日は、四国から平和ツアーで来沖した友人たちの南部戦跡めぐりに誘っていただいた。20数年ぶりにアブチラガマに入り、ガマフヤー・具志堅隆松さんの遺骨収集現場に同行させてもらい、「いたるところに戦争の跡がある」という具志堅さんの言葉を実感、遺骨収集についての認識を新たにし、多くの学びを得た。その様子は後日お伝えする。

 <写真は友人宅のクラリンドウの花> →

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