12月も半ばをすぎたのに、日中の最高気温は夏に戻ったかのような24度。これが沖縄なのだ。今日も辺野古に座る
辺野古へ到着と同時に
目につくのが、建物の屋根を飛び越えてそびえるサンドコンパクション工事船。まだ稼働はしていないとのこと。
台風を理由に半年以上も避難していたが、こんなにいい天気が続いても作業に取りかかれないとは、台風避難は口実だったのか?何か他に理由があるのか?
誰かが、「お飾りだって!」と冗談を言った。「お飾りで一日何百万も?冗談じやないよ!」
ホントに冗談じゃない!






今日一回目の座り込みは、やや少なめの人数だったが、なんか気合が入っていた。県外からの参加者が多かったからだろうか。弁護士さんのグループとあって、弁舌もさわやか。
「高速を通ってきたが、右も左も基地だらけだった。どこかへ持って行けという話ではなく、戦争のための基地はすべてこの地上からなくすべき。その一助となるよう働きたい」





2回目、3回目と県外からの参加者が増えた。初めてという人、一年に一度という人、毎月という人、それぞれに思い入れがある。
この方は、 「今年は今日が最後」と情緒たっぷりに辺野古座り込みへの思いを歌った後、「沖縄が僕を裏切っても、僕は沖縄を裏切らない。沖縄からすべての基地がなくなるまで通う」と宣言し、切ない余韻を残して辺野古を後にした。
ゲート前のテントの陰に薄紅色のオジギソウが…。そっと触れると、葉っぱを閉じてしまう。それがお辞儀しているように見えるところからの命名だろうか。
可愛くて、いつまでも見飽きない。

開会を前に、来年1月の名護市長選挙に立候補を予定している翁長久美子名護市議が登壇。「真に暮らしやすい、子どもたちが未来に夢を描ける名護市を目指し、辺野古を止めるためにも女性のリーダーを」と支持を訴えた。





集会後大浦湾側を回って帰途についた。大浦湾に戻ってきたサンドコンパクション工事船が三隻浮かんでいたが、やはり稼働はしていないという。
去る6日パソコンのデータ入れ替えに失敗し、修復に4日ほどかかった。何とかメールは復旧できたものの、ブログはIDやパスワードがリセットされて、ログインできず、昨夜やっと修復、更新が可能になった。
13日は、四国から平和ツアーで来沖した友人たちの南部戦跡めぐりに誘っていただいた。20数年ぶりにアブチラガマに入り、ガマフヤー・具志堅隆松さんの遺骨収集現場に同行させてもらい、「いたるところに戦争の跡がある」という具志堅さんの言葉を実感、遺骨収集についての認識を新たにし、多くの学びを得た。その様子は後日お伝えする。