日にちは前後するが、高知在住の友人が企画した沖縄平和ツアーの南部戦跡めぐりにお誘いを受け、12月13日(土)の一日同行させていただいたので、記録として記しておきたい。
ツアーの一行は、前日辺野古で座り込みに参加、グラスボートに乗り、埋め立てられる大浦湾を見てきた。その疲れも見せず、この日まずアブチラガマ(糸数豪)に直行した。
ガマとは、石灰岩の地層にできた洞窟のことで、アブチラガマは、沖縄戦末期、地元住民の避難していた壕に、日本軍が入り込んできたため様々な惨劇が起きた典型的な「ガマ」である。

日本軍は、300メートル近くあるガマの奥に住民を追いやり、このガマを洞窟陣地として使用、長期戦に備えた食糧庫や、戦場から次々運ばれてくる1000名もの負傷兵の収容、将校部屋の近くには2か所の「慰安所」まであったという。ひめゆりの女子学徒たちが、従軍看護婦として過酷な日々を送った場所でもある。
まずはガイドさんに、入口で説明を受けた。壕の中は撮影禁止、もっとも中は真っ暗で、小さな懐中電灯が照らす足元しか見えないので、撮影は無理だが…。手に持った懐中電灯を消し、真っ暗な中で過ごす暗闇体験は、わずか30秒だが、衝撃的だ。この中で3か月もの間、軍民混在の避難生活、どうやって凌いだのか、想像を絶する。


ガマを出たところに慰霊碑があり、代表が線香を手向け、祈りをささげた。
私は、アブチラガマに入るのは今回で3回目だが、実に20数年ぶりである。当時は出入り口はまだ綱を伝って昇り降りするような状況だった。現在は南城市の平和学習施設として運営しており、豪の出入り口も階段ができていた。予約制で入園料あり。専属の平和ガイドの案内がなければ入れない。
この後は昼食を済ませ、具志堅隆松さんの遺骨収集現場に案内していただいた。
目につくのが、建物の屋根を飛び越えてそびえるサンドコンパクション工事船。まだ稼働はしていないとのこと。












開会を前に、来年1月の名護市長選挙に立候補を予定している翁長久美子名護市議が登壇。「真に暮らしやすい、子どもたちが未来に夢を描ける名護市を目指し、辺野古を止めるためにも女性のリーダーを」と支持を訴えた。





集会後大浦湾側を回って帰途についた。大浦湾に戻ってきたサンドコンパクション工事船が三隻浮かんでいたが、やはり稼働はしていないという。