16日祭の渡嘉敷島➁ 

 今朝(16日)の琉球新報、渡嘉敷島の16日祭の記事が、通信員のレポートとして掲載されている。偶然にも記事の写真が我が家のお墓であった。家族一同ビックリ。

 

 記事にもあるように、渡嘉敷村のお墓はこれまで「模合墓」が一般的。沖縄では門中墓がよく知られているが、門中墓が男系の親族(一門)を祀るのに対し、模合墓は、そのときどきにお墓の必要な家族が何軒か集まり、一つの墓を共用するすくみになっている。(呼びかけ発起人を墓主とする)

 我が家の墓も祖祖父の時代(明治の終わりごろと思われる)に、分家した祖祖父がこの模合墓に加わってる。

 門中墓は、墓前で門中が勢ぞろいして清明祭を盛大に行うが、渡嘉敷島には中国由来の清明祭はない。そして、お墓参りも一年のうち16日祭だけである。それ以外の先祖供養は、全て仏壇を通して行う。

 残念ながら、こうした日常の祭祀にあまり関心をむけてこなかったので、両親や祖母に話を聞く機会を逸してしまい、詳しいことはわからない。代々命を繋いできたご先祖がいたからこそ、今の自分がいることを思えば、先祖供養を大事にしてきた沖縄の先人たちの「想い」は受け継いでいかねばと、自らが終活の年齢になり、遅まきながら気づき反省しているこの頃である。

 

 

2025年2月16日リンクURL

16日祭の渡嘉敷島

 昨日2月13日は、旧暦の1月16日で、グソー(後生・あの世)のお正月。先祖代々のお墓のある渡嘉敷島へ行ってきました。 

  渡嘉敷島の港に着くと、桟橋のすぐそばの波打ち際でシラサギに遭遇。

 かつては、波打ち際は海鳥たちのエサになるエビや貝、カニなどがいくらでも生息していた。いまはセメントで塗り固められてしまい、エサになりそうな生き物は全く見当たらない。せめて、一時の羽休めにはなっただろうか?

 カメラをむけると優雅に翼を広げ、舞うように飛び立っていった。

2025年2月14日リンクURL

沖縄にも憲法9条を!!! ~ 2月12日の辺野古

 今日は最高気温が23°Cとの予報。先週と打って変わって少し体を動かせば汗ばむような気温。ただ風が強い。春一番にはまだ少し早い気がするが、この頃の不順な天候には、何が正解なのか素人には判断がつきにくい。それにしても寒すぎないのはありがたい。ただただ感謝! 

 水曜日ゲート前現場担当の高里鈴代さんが、先週末行われた「12・22 県民大会実行委員会の一員として政府各省庁へ大会決議を手交する抗議行動に参加した様子を報告した。

 抗議・要請は20人の参加者が手分けして、官邸、外務省、防衛相、などに対して行われた。「私は防衛省の抗議に割り当てられたが、相変わらずの対応。ハイ!聞き置きました。写真写しましょう!これで終わりです!と、けんもほろろの対応だった」という。他も推して知るべし、であろう。午後には市民集会、各政党への要請も行ったとのこと。

 韓国から参加の若い女性たち。韓国でもアメリカの海軍基地に抗議する活動しており、歌で熱いメッセージを表明した。

   

 

     今日も違法ダンプが横行した。ここには憲法も法律も何んにもない!

 

 私は、午後から別日程があり、二回目の座り込みが始まる正午前には辺野古を後にしたが、次々県外からの参加者等が訪れていて、さらににぎやかに2回目の座り込みが行われたのではないだろうかと想像する。

 帰り際に今が最盛期のタンカンに大根、カブなどたたくさんの差し入れをいただいた。

 

 

 

2025年2月12日リンクURL