国際通り不発弾処理で一時封鎖

今日(20日)那覇のメインストリート国際通りが、不発弾処理のため一時封鎖された。

 戦後73年たっても、いまだ2000㌧以上の不発弾が地下に埋まっていると言われる沖縄の現実が、またまたあらわになった国際通りの封鎖。(午前10時20分、県庁前の交差点)

那覇市松尾の「国映館」跡地のホテル建設現場で発見された米国製50キロ爆弾の不発弾処理が、午前10時40分から発見現場で行われ、国際通りを含む半径166メートルが午前10時20分から約1時間封鎖された。

<青い屋根の2軒隣が、不発弾処理現場>

 この不発弾処理に伴い、発見現場周辺の一般世帯約1千世帯、ホテルや土産店、コンビニエンスストアなど約350事業所の計約2500人が避難対象となった。

 観光客で賑わう国際通り。物々しいい警備に外国の観光客もいぶかしげに「何事か?」と警察官に質問していた。

処理作業は予定より20分以上遅れ午前11時23分ごろ完了し、住民避難と交通規制が解除された。国際通りを封鎖しての不発弾処理は2004年、昨年9月に続いて3回目。

 

 

2018年1月20日リンクURL

人々を拘束する新たな鉄柵~今日(1月17日)の辺野古

6:30、小雨がチラつく中、平和市民連絡会の辺野古バスで出発。幸い大降りにはならず、最高気温23度の予報通り、雨雲の間から太陽が顔を出すと、薄い長そでのTシャツだけでも、汗ばむほどの暖かさだった。

機動隊が、ゴボウ抜きした抗議の座り込み人たちを拘留するために、舗道に設けられた鉄檻の柵が、高さ二倍になり、隙間から抜けられないよう二重になっていた。

先週まではこんな状態だった。男性ならひょいと飛び越えられるし、女性だと隙間から簡単に潜り抜けられた。

新たな策は先週の土曜日の夜につくられ、今週月曜日から稼働している。監視の機動隊を減らすための苦肉の策なのだろうが…

ゴボウ抜きされ、閉じ込められて、鉄柵を中から揺らして抗議!

隙あらば果敢に柵を乗り越えようとする女性もいて、結局、監視の手を減らすわけには行かず、元の木阿弥。駄策(柵)だった。権力の姑息な手段に負けず、みんな元気だ。

この日は、「高江の通行規制は違法」との画期的な判決報道に勇気づけられ、加えて九州各県の平和フォーラムの7次辺野古派遣団21人が座り込み参加で、現役の若い支援者たちに元気を貰い、ゲート前に活気が漂った。

 

昼食時間にはテントの下で、南風原島ぐるみのメンバーとして参加していたミュージシャン・知念良吉さんのミニ・ライブを堪能。

 毎週水曜日定番のバナナの差し入れ(元衆議院議員古堅実吉さんから)をありがたく味わう。

機動隊に守られて基地の中へ入っていく埋め立て資材を積んだダンプトラックの車列。こんな鉄管が何万本も、サンゴの海に打ち込まれるのかと思うと、胸が苦しくなる。

<海は命の母>

2018年1月18日リンクURL

画期的判決~高江抗議市民に対する 通行制止、ビデオ撮影は”違法”

16年11月、高江のヘリパット建設に反対して座り込む市民らの支援に車で向かっていた弁護士を、県警が2時間もの間、車の前後のタイヤにストッパーをはめ通行を規制し、その間1時間半にわたって承諾なくビデオ撮影をされたことに対し、那覇地裁は昨日(16日)「違法」との画期的な判決を下した。

 <17日 沖縄タイムス 朝刊 ↑↓>

訴えていたのは元県弁護士会長の三宅俊司弁護士。三宅弁護士は「全面勝訴。県警の違法行為は、政府の政策を実現するためであることは明らかだ。判決は政府の不当性を表している。裁判所は市民の自由を前提とした職務を要求している」と指摘した。

当時高江では、警視庁はじめ全国から派遣された500名の機動隊と沖縄県警の機動隊合わせて1000名もの機動隊が、抗議する市民を、何ら法的根拠なく通行を規制し、排除するという異常な状態が半年も続いた。その中で取材で現場に向かうテレビクルーや新聞記者も強制排除、拘束されるという無法地帯が出現していた。

いま、まさに辺野古でも同じような状況が起こっており、判決の影響が期待されるが

相変わらず今日も、座り込む市民を強制的に排除し、数台のビデオカメラで市民らを摂り続けていた。

2018年1月17日リンクURL