タクシー代はいりません~県民大会余話

 8・11県民大会には県外からもたくさんの人たちが参加した。

県外からの辺野古座り込みや県民大会参加は、膨大な費用や時間がかかる。それでもやむにやまれぬ思いでやってくる方々に、本当に頭が下がる。私の友人たちも6人が、山形、東京、長野などから、辺野古の座り込みも含めて4泊5日でやってきた。

「歴史的な場に立ち会えて感動した」と、帰っていった彼女たちだったが、それぞれの地元に戻つてみれば「本土メディアの冷淡な扱いに落胆」し、「まったくテレビや新聞報道がない」と嘆きながら、「でも、一人でも何ができるか考えていく」「とにかく沖縄を伝え続ける」と、新たな決意を伝えてきた。彼女たちの熱い思いをウルウルしながら読んだ。

 その中の一人・歌人でもある友人からのうれしいメールをシェアーしたい。

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 〇万策のまだ尽きぬまま逝きし知事に誓う7万人雨中に吾も

 12日朝、帰路の那覇空港でやっと手に入れることができた沖縄タイムス、琉球新報。翁長さんの死を悼み新基地阻止を誓う雨の中の7万人の大集会を伝える大活字。初めて眼にする見開きぶち抜きの新聞を、A3用紙4枚に繋いで、私の沖縄報告と共に友人たちに届けたり、郵送したりの毎日で、明日も山形で短歌の2つの会があるので新聞を持ち込み少しでも話すつもりです。

<見開き両面ぶちぬきの新聞↑↓(8月12日 琉球新報)>

辺野古をたずねるのは6度目ですが、2日間座り込むこと、ごぼう抜きされることを想定して行ったのは初めてで、沖縄の闘いの凄さを身に沁みて感じました。1年に1日、原水爆禁止大会に行く、反原発の福島集会に行くこととは根本的に違う。毎日毎日、20年以上続いている現場です。その積み上げの中でオール沖縄が生まれ翁長知事が誕生し、那覇など数か所から、辺野古バスを運行するほどになっている運動の質と、強さ。

 3年前に北中城村で会った90歳のおばあさんの「先週老人会で辺野古に行った」というのに愕然としたものです。こちらでは、政治性を帯びる会話さえ憚られるそれが、75歳の私が物心ついて以来の社会の雰囲気です。

初めて沖縄に行ってから55年、この度は印象的な出会いがありました

☆8日、那覇空港に降りたとき、70代と50代ぐらいの女連れに会いました。「翁長さんが亡くなられて」と話しかけるとまだ知らなかったとかでびっくりしていた。私たちが辺野古と県民集会が目的できたことを告げると、「県外の方が来て下さるのに、自分たちはタイに観光旅行に行くところで申し訳ない。自分も以前は盛んに活動していたが、仕事を止めてからはあまりしなくなった。でも翁長さんのいうアイデンティティー、テレビの全国天気予報で沖縄が無いのを見てきた、あれをみてる私たちは沖縄って何?って思う」と強い表情になった。

〇 穏やかな表情曇る全国の天気図に沖縄在らぬを言いて

 

☆翌朝名護のホテルから辺野古へのタクシー運転手は、自分は首相と同じ山口県出身だが、皆さんと同感だと言ってた。

☆10日辺野古バスで那覇につき、ホテルまでのタクシーで、「翁長さん、立派な方で、惜しい方でしたね」と話しかけた。50歳ぐらいの運転手はただこう繰り返した。「いろいろな考えはあると思います。でも県庁前で毎日『翁長はすい臓がんで、末期の顔だ。知事をやる資格がない。すぐやめろ』と大音量で流す人達がいた。たとえ考え方が違っても、病気の人に対してそのような攻撃をするのは許せなかった。やめろといいたかったが自分に勇気が無くて言えなかった」と。「病気の人にそのようにいうのはどうしても」と繰り返した。

 ホテルが近づいていた。私は「さっきのお話に、沖縄の方の命を大切にするお心を感じました」と言わずにいられなかった。肝苦しさ、ちむぐりさという沖縄の言葉を思い出した。タクシーを降りるとき代金を払おうとすると彼は頑として受け取らなかった。「自分はこうするときがある。妻にも了解してもらっている」と。私たちが辺野古から帰り、翌日県民集会に行くと知ってのことだった。プレートで〇〇タクシーの〇〇さんとだけ覚えた。いつか必ず沖縄で長距離を乗せて戴きお礼ができることを願っている。

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 個人タクシーではなかったことから、代金を受け取らなかったこの運転手さんは、たぶん自腹を切ったものと思われる。うちなぁんちゅ(沖縄人)の心意気が伝わってくるエピソードにジンときた。

タクシードライバーといえば、もう一人のわが友人は、県民大会の会場にタクシーで駆け付けた。そのときのドライバーがブルーのシャツを着ていたので、「今日の県民大会のイメージカラーはブルーですよ。偶然ですね」というと「いや、仕事で行けないので、せめてもの思いで青い色を着て仕事してます」といったという。

こんなうれしいエピソードをいっぱい集めて、天国の翁長知事にも届けたい。「♪ ヘイトするより愛するほうが良い ♪」辺野古抵抗の歌(安里屋ユンタ替え歌)のこんな一節が浮かんできた。

 

2018年8月23日リンクURL

土砂投入なし、今日(8月17日)の辺野古~翁長知事が命をかけて止めた!

国が土砂投入を通告した8月17日がやってきた。国は、「翁長知事の喪に服する」として17日の土砂投入は延期との報道もあるが、今日の辺野古はにはゲート前と海上抗議行動に450名が結集した。

集会が始まる前に翁長知事のイメージカラーであるブルーのリボンが配られ、黙禱がささげられた。昨日までの台風の影響による大雨もうそのように晴れあがって、空もさわやかな青いに輝いている。

海のほうでも抗議船5隻とカヌー49艇が出て、海上からの土砂搬入を警戒、抗議行動を展開中との報告。9時を過ぎても工事車両の動きはなく、「翁長知事が命をかけて、今日の土砂投入を止めた!」と山城博治さん。

海でも、採石場でも工事やダンプの動きはなく、機動隊も来ていないことから、今日の土砂投入なしと判断、集会はメインゲート前のテントの下に移動して続けられた。

土砂投入を阻止した喜びに、山城博治さんのリードで、久々にゲート前名物「辺野古ダンス」も飛び出した。

テントの横では、翁長知事の遺志を継ぐ決意を表明しようと、大きなメッセージボードが設置された。

午後は海上行動と合流して、護岸工事が見える松田の浜で集会を開催。

辺野古新基地建設を確実に止めるためには、来月行われる名護市議会選挙に、野党14名全員が当選することが必須であると呼びかけられた。それは、沖縄ゆえに単なる一地方都市の選挙ではなく、闘う相手は国・安倍政権だと。

国家権力の選挙介入はすでに始まっている。

<新基地に反対する議員への不当な嫌がらせ>

 

2018年8月17日リンクURL

平和を希求する沖縄の心 次世代に~ 翁長知事告別式

8日に亡くなった翁長沖縄県知事の葬儀・告別式が、今日午後那覇市の大典寺で行われ、たくさんの県民(4500人)が参列した。

3時からの告別式を前に、翁長知事の遺骨を乗せた車が、那覇市役所や県庁を回り、集まった市役所職員、県庁職員他、多くの県民に別れを告げた。

知事公舎を出発した車は12時30分、城間那覇市長はじめ職員が待つ那覇市役所前に到着。

 

12時40分、県庁では、富川、謝花両副知事はじめ県議会議長、職員、一般県民が出迎えた。

県庁正面玄関から県民広場に抜ける階段横の花壇には、白いサルスベリの花が、台風の余波を受けた強い風に揺れていた。

葬儀は午後2時から、告別式は午後3時からそれぞれ行われ、一般焼香が始まる1時間前にはすでに、長い行列ができていた。

葬儀では、元沖縄県知事の稲嶺一郎氏が弔辞をのべ「あなたが大事にしてきた平和を希求する沖縄の心は、次世代にしっかり受け継がれていくでしょう」と翁長知事の偉業を称えた。

各界から送られた花輪が、葬儀場の中だけでなく、境内、駐車場までを埋め尽くすように並べられ、保革を超え多くの県民に信頼され慕われた翁長知事の存在を象徴していた。

沖縄県選挙管理委員会は、今日臨時の会合を行い、翁長知事の死去に伴う知事選挙を、9月23日告示、9月30日投開票すると発表した。

 

2018年8月13日リンクURL