辺野古関連の組織的抗議行動 21日から再開

 コロナ蔓延防止措置が、今日(20日)で解除されるのに伴い、辺野古関連の組織的抗議行動が、明日・21日から再開されます。

 平和市民連絡会、島ぐるみ会議、オール沖縄・那覇の会による那覇からの辺野古、安和直行貸し切りバスの運行も再開されることになりました。ご活用下さい。(蔓延防止措置期間中は、監視活動を中心に、自主参加で抗議行動を行ってきた)

<← 2月9日辺野古ゲート前>

なお、県外からの参加や県外への移動歴のある人については、ワクチン接種の完了、もしくはPCR検査の陰性を確認、現場でのチェック等はありませんが、それそれの責任においてご協力をお願いします。

 

<2月21日(月)~3月6日(日)の「辺野古貸切バス」運行日程>

・2月21日(月):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。予約不要。

・2月22日(火):<県民広場9:00発>「オール沖縄・那覇の会」の貸切バス。予約不要。

・2月23日(水):「天皇誕生日」休日。バスの運行なし。

・2月24日(木):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」のマイクロバス。予約不要。

・2月25日(金):<県民広場7:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。要予約。名護市安和直行。

2月25日(金):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。予約不要。名護市安和直行

2月18日 安和桟橋

・2月26日(土):バスの運行なし。

・2月27日(日):バスの運行なし。

・2月28日(月):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。予約不要。

・3月1日(火): <県民広場9:00発>「オール沖縄・那覇の会」の貸切バス。予約不要。

3月2日(水):<県民広場7:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。要予約。

3月2日(水):<県民広場9:00発>「島ぐるみ会議」の貸切バス。予約不要。

・3月3日(木):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」のマイクロバス。予約不要。 塩川直行。

・3月4日(金):<県民広場7:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。要予約。名護市安和直行。

3月4日(金):<県民広場9:00発>「平和市民連絡会」の中型貸切バス。予約不要。名護市安和直行

・3月5日(土):コロナとの関係で県民大行動の実施は未定

 実施決定となった場合、 <県民広場9:00発>「平和市民連絡会」大型バス。要予約。

<県民広場9:00発>「島ぐるみ会議」の貸切バス。予約不要。

・3月6日(日):バスの運行なし。



 

2022年2月20日リンクURL

水源地のダムに小銃弾やドラム缶 ~ 米軍は、沖縄を人間が住む島とは思っていないのか❓

 チョウ類研究家の宮城秋乃さんが、米軍北部訓練場跡地から、放棄された米軍の砲弾や有害物質を告発して県警の家宅捜索を受け、起訴された事件は記憶に新しいところだが、同じことが、基地周辺の住民地域でも行われている証しである。

 倉敷ダムは、中南部の7市町村に水道水を供給している水源地の一つ。かつては基地内だったが、1996年に返還された基地返還跡地にある。米軍は、沖縄を人間が住む島とは思っていないようだ。沖縄でなら、何をしても日本の政府は怒らないとよく知っている。

 

 

 

2022年2月18日リンクURL

16日祭の渡嘉敷島

 いつもは辺野古へ行くはずの水曜日だが、昨日(16日)は、ジュウルクニチー(16日祭)で渡嘉敷島に帰省した。

 16日祭は、旧暦1月16日のグソーヌショウグヮチ(後生・あの世のお正月)である。先祖を大切にする沖縄では、現世の正月には帰らなくても、16日祭に帰らないと、「親不孝者」と言われる。

 コロナ禍で帰省もままならない昨今、家族を抱える他の姉妹らは帰省できず、昨年は私が1人でお参りしたが、今年は、末の妹と帰ることが出来た。


 

 まずは、一族の始祖を祀ると言われるウル墓にお参りする。ウルとはサンゴ礁のこと。「うるま島」の「うる」である。集落北側の山すそに一枚の大きなテーブル珊瑚が置かれただけの素朴なお墓。想像するしかないが、たぶん古代一般的だった風葬の地であったと思われる。(近年、表出した遺骨の一部を一か所に集めてウルの傍らにお祀りしたと聞いている。)

 始祖を同じくするいくつかの家族が、それぞれに香炉を置いてお参りしてきたが、そこへ祀られている人々がどういう人たちで、どういうつながりがあるのか、私たち世代は具体的なことは何も知らない時代になっている。祖父母や親たちの習慣を受け継いで、お参りを続けている。 

 続いて、4代前からご先祖と両親の眠る亀甲墓にお参り。その中で私たち兄弟姉妹が顔を知るのは、 両親と祖父母、曾祖母までである。

 渡嘉敷島では親族による門中墓ではなく、そのときお墓が必要な複数の家族が寄り集まってつくる「もあい(模合)墓」、いわゆる「寄り合い墓」が一般的であるようだ。我が家のお墓も祖父母の時代に5、6軒が寄り集まってこのお墓をつくったそうだが、多くが沖縄本島に引き上げて、現在もここを使っているのは2軒だけになっている。 

 お参りの最後に、ウチカビと呼ばれるあの世のお金を燃やして送金する。あの世も、お金がないと暮らせない資本主義社会なのだろうか?

 小雨が降り、ウチカビも湿りがちだったが、勢いよく燃えて灰が空高く舞い上がった。送金がちやんと届き、ご先祖様が喜んでいる証しなのだという。

 沖縄には春・秋のお彼岸に墓参りをする習慣はなく、また渡嘉敷島にはシーミー(清明祭)がないことから、先祖・肉親の墓参りができるのはこの日(16日祭)をおいて他にない。「ジュールクニチーに帰らないと親不孝」と言われる所以である。

 コロナ禍で観光客もほとんどなく、往復に乗った高速艇もガラガラ状態。船着き場の案内板も、見る人もなく寂しそうだった。

 島の唯一の産業である「観光」の落ち込みは、人々の暮らしを直撃している。やはり地に足をつけた「産業」「生活基盤」を生み出す必要があるのではないだろうか。自然も、人間の命さえも金銭に替えて価値を測る資本主義社会、「これでいいのか?」と、コロナウイルスに問い質されている気がしてならない。

 

 

2022年2月17日リンクURL