3週間ぶりのゲート前  ~ 2月25日の辺野古

 3週間ぶりの辺野古だが、まだまだ左手だけでのパソコン操作は不自由があり、長文はかけないので、今日は写真中心のレーポートでご勘弁いただきたい。

 カメラも片手での操作で、うまくタイミングやアングルが決められず歯がゆい思いしつつ。

午前9時前、今日一回目の座り込み。


 

 

 

 

 

 今日もわが物顔で、私たちの目の前を往来する米軍の戦闘車両。一人の女性のメッセージボードを掲げての抗議にしばし立ち往生する。

 正午前、今日2回目の抗議行動。50名以上が座り込んだ。

 私はこの後別日程のため辺野古を後にした。

 今週土曜日は、3月の辺野古県民大行動が行われる。多くのご参集を!

 

 

2024年2月28日リンクURL

ジュウルクニチー(十六日祭)の渡嘉敷島

 25日(日)はジュウルクニチー(十六日祭)で渡嘉敷島へ帰りました。
 十六日祭はあの世のお正月。旧暦の1月16日に行われます。渡嘉敷島には清明祭はなく、お葬式など法事以外にお墓参りができるのは、この十六日祭だけになります。

 親族が集まり、お墓の前でごちそうを拡げ、ご先祖様と一緒にお正月を祝います。

 我が家では、まず一族の始祖が埋葬されているのではないかと言い伝えられている集落北側の山沿いにある「うる墓」と呼ばれる風葬地を拝みます。そこには直径一メートルほどのテーブル珊瑚があるだけで、お墓らしいものは何もありません。 

 お花やごちそうを備え、お線香をたいてお祈りをしていると、面白いことが起こりました。

 お供えの水とお酒にノソリノソリとやってきたのは、一匹のアーマン(オカヤドカリ・国の天然記念物)。私の握りこぶしくらいはあり、結構な大きさです。

 なにかご先祖様からの伝言でも持ってきてくれたのでしょうか?彼(か彼女かはわかりません)が、立ち去るまで、じっと見守るしかありませんでした。

 つづいて、分家である我が家の初代・祖祖父母以下祖父母、両親の眠るお墓にお参り、さらにいくつか親戚のお墓にお花を供えてお参りするのが通例です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事すべてのお参りを済ませ、帰路に立ち寄った親戚の庭で、白いデイゴの花が開き始めていました。 
 いつもタイミングが合わず、白いデイゴの花を見たのは、これがはじめてです。是非満開のときに見たいものです。

 

2024年2月27日リンクURL

2週間のご無沙汰 ~ 満開のさくらでご挨拶

 2週間以上ブログの更新が出来ず、方々から安否を気遣うご連絡を頂きました。ご心配おかけしましたが、元気?です。

 ご無沙汰の言い訳の前にまずは見事なさくらの花でご機嫌を伺います。 

 場所は与儀公園、バックに見える建物は旧那覇市民会館です。

 今年、沖縄のさくらはあまり咲がよくなかった印象です。写真は2月21日、那覇でもすでに満開を過ぎ、那覇でのさくらの名所・与儀公園もほとんどが葉桜になりつつあります。その中で一本だけ、”今が満開”と.とばかり自己主張している桜の木がありました。スマホでの撮影です。

 

 ところで、2週間以上もブログの更新が出来なかった理由(わけ)ですが、実は去る2月7日、辺野古へ向かう途中、うっかりして路上で転倒してしまい、右腕の肩の付け根2か所骨折、全治6か月と診断されました。

 利き手である右腕が使えない状況です。この2週間、痛みとの闘いでした。何とか、昨日から痛み止めを飲まずに過ごせるようになりました。幸い神経と靭帯に損傷はなく、指先は動きますが、肩に響くような動きはできないため、パソコンのボード打つのも、一苦労、左手での作業は時間がかかります。

なのでまだしばらくは、思うような文章は書けないと思いますが、何とか少しづつでも、沖縄の様子を伝えて行けたらと思っています。来週から辺野古へも行くつもりです。また、応援よろしくお願いいたします。近況報告でした。ありがとうございます。

 

 

2024年2月23日リンクURL