700人で5時間余工事を止めた!~6日間連続集中行動初日の辺野古(4月23日)

「連続6日間 毎日500人集まって、新基地建設工事を止めよう!」と市民有志が呼びかけた500人集中行動初日(4月23日)、県外からの人たちも含めおよそ700人が参加。座り込む市民と、排除しようとする県警機動隊の攻防は5時間余にわたった。

排除されても排除されても、次々と新たな人がやってきて、場所を変え座り込む人々。炎天下での長時間の攻防で体調を崩す人や、機動隊に押されて転倒したり、将棋倒しの下敷きになった女性二人が緊急搬送され、鎖骨骨折、ろっ骨骨折の重傷を負った。

工事車両の侵入を完全には止められなかったが、いつもの三分の一の100台余ににとどまった。

早朝6:30に那覇を出発。朝7:40ごろ辺野古に到着すると、テント前がいつもよりかなり賑やか。那覇をはじめ各地の島ぐるみや、平和市民団体がチャーターバスが次々やってきていた。

方、メインゲート前では警察車両が列をなしている。テントスタッフによると、いつもの2倍半の数だという。たとえ500名集まろうとも、メンツにかけても、力づくで封じ込めるつもりなのだろうと察せられた。

山城博治さんも駆け付けた。機動隊の排除が始まった9時少し前まではまだ4百人程度だったが、向かい側の道路から続々と人々がやってくるのが見えて心強い。

私は目から三列目に座っていたが、人数が多いので機動隊がいくら排除しても排除しても、横からまた新たな人が滑り込んできて、2時間たっても私の前にはまだ2列も人々が座り込んでいた。

 

すでに工事資材を積んだトラックがゲート前の両側に100台近く並んでいた。先頭のトラックの運転手は待ちくたびれて新聞を広げて読み始めた。3時間を過ぎるころからは日よけを広げて眠ってしまった。

 

この間国道を南下する車線は渋滞。工事トラックの間に挟まれた民間車両は交通警察官がいるにも関わらず誘導されることもなく、渋滞に巻き込まれたまま、何時間も留め置かれた。

業を煮やした機動隊は、座り込んでいる人たちを小分けに囲い込んで分断し、排除を始めた。すると人々は、今度は機動隊の背中に回り道路に座り込んだ。道路に寝っ転がって抗議の姿勢を示す女性たちも。

前名護市長の稲嶺さんも早朝から参加していたということで、促されてマイクを握り人々を激励した。

救急班が倒れている人を介護している側を、意に介する様子もなく、乱暴に抗議の女性を運ぶ機動隊。

攻防が4時間を超える午後2時ごろ、機動隊に囲まれていた人たちが強い力で押し倒され、数人が将棋倒しになり、下敷きになった女性が強い胸の痛みを訴えて救急搬送された。(この日は午前中にも一人救急車で運ばれている)

怪我した女性は県立北部病院に運ばれ、治療を受けたが左鎖骨と肋骨4本の骨折で一か月の加療を要する診断された。午前中に救急搬送された女性もろっ骨骨折と診断されている。

私はけがした女性につき添って救急車に乗りこみ病院に行ったため、ゲート前のその後の状況は、報道の範囲しか知らないが、最終的に700名以上の人々が座り込んだということである。

それにしても、このところの機動隊の暴力的な過剰警備は目に余るところがある。本来市民を守るべき警察が、国家権力の手先となり、いいなりになって米軍基地を守るために市民に敵対する状況は背筋が寒くなってくる。

今回も、道路に座り込んでいる人々の後ろに、立ったまま抗議の声を挙げている人々やメディアの人たちがいて、さらにその背後から機動隊が人々を排除しようと押し寄せたため、立っていた人たちが将棋倒しとなって、座っていた人たちが下敷きになった。

座っている人々の中に私もいて、午前中にも何回か将棋倒しが起こっているのを見ていたので、危険を感じていた。警備のプロである警察官なら、その状況の中で起こる危険は、事前に察知できたはずである。

彼らが市民の安全を守るのではなく、敵対視していたため起こったことは明らか。告訴も視野に厳重に抗議すべきだ。

2018年4月24日リンクURL