幾重にも理不尽な弾圧を受けながら、不屈の闘いを貫いた政治家・瀬長亀次郎。沖縄のガンジーと呼ばれ、世界の人々から尊敬されている平和運動家・阿波根昌鴻の闘いを描く劇団文化座の「命どぅ宝」沖縄公演が、いよいよ2月10日、11日、13日に迫りました。
この舞台を観たあなたは、きっと、うちなぁ人の魂がたぎるのを、自分の身体で実感することだろう。そして、うちなぁ人として生まれたことを誇りに思うでしょう。必見です。どうぞお見逃しなく!
名護、南城市長選挙のダブル敗北に気落ちして、ブログの更新も滞ってしまったが、何時までも落ち込んでいる場合ではない。私たちは現場の闘いが基本なので、これからもただ黙々とゲート前に座り込むだけだ。そう気を取り直して辺野古へ向かった。
今日(26日)は、やんばるの海から吹き上げる風は少し冷たかったが、ここ数日来の寒さが緩み、ポカポカと穏やかな陽の光が心地よい一日だった。
<↑ 海と山は 沖縄人(うちなーんちゅ)の いのち>
9時の一回目は21人が座り込んだ。選挙運動でしばらく来られなかった人たちも戻ってきて、ゲート前がちょっぴりにぎやかになった。
12:00の2回目は19人が座り込んだ。
坐りこんだ目線の先に、白いタチアワユキセンダングサの花が咲いていた。沖縄ではどこにでも生える雑草として嫌われものだが、ビデンス・ピローサというれっきとした薬草である。サプリメントもできている。白い小さな花がかわいらしく、私は好きだ。 
お昼は、水曜日名物豪華ランチバイキング。今日はデザートにチョコが…。バレンタインデーが近いから、だけではない。
岡山在住の私の友人Nさんが、いつも花梨の季節になると、のどの弱い私のために花梨ジャムやシロップをつくって送って来てくれる。
その中に、チョコが二袋入っていた。それは、彼女が仲間とともにチョコを販売し、その利益を辺野古の闘いへ送っているのだ。そんな有難いチョコをひとり占めしたらバチが当たるというもの。座り込みの皆さんと分け合った。
今日も軍事演習の米軍車両がひっきりなしに基地へ出入りする。沖縄の米軍基地内のコロナ感染率はダントツ世界一と報道されている。それでも彼らは団体行動の中でもマスクもしない。
コロナ感染は収まらず、今月31日までの予定だったまん延防止措置が、来月20まで延長になった。辺野古の抗議行動も、監視活動+自主参加の座り込みが続く。
昨日は、辺野古の抗議行動の後、名護市長選挙・岸本ようへい候補と玉城デニー知事が、午後5時から一緒に街頭演説に立つというので、応援に駆け付けた。街頭演説までの20分間ほど、「ようへい」ののぼり掲げ、道行く人や車に手ぶりの応援をした。
定刻のおよそ5分前、岸本候補より先にデニー知事が到着、「知事です!」と大書されたのぼりを背に、何のためらいもなく、私たちと並ん大通りの車に向かって手ぶりをはじめた。
ほどなく岸本ようへい候補も到着。ツーショットで、市民へ支持を訴えた。
まずは、玉城デニー知事。「辺野古新基地を止めるため、県政、名護市政共に手を取り合ってがんばって行きたい。米軍がいる間は、欺瞞的な構造的差別に甘んじることなく、日米協定の改定を求め、(米国にもの言えぬ政府に対し)当たり前の要求をしていくべき。
県としては、来年度、名護市に新たな医療センターをつくる予算を組み込んだ。 ITとマッチングさせて、若い世代が、名護で生まれ、名護で暮らし、名護で子育てをしていける街をつくる。そのニューリーダーが岸本ようへい候補。私たちはいまその基礎を作っている」と、力強い応援演説。
知事の応援演説を受けて、岸本ようへい候補は「市民のために(政府に)言うべきことも言えない市長では困る。私はいかなる問題に対しても逃げない。
名護で生まれた人たちが、この街で働き、大好きな故郷で家族とともに暮らす。そんな街をつくるために市民の皆さんと一緒に歩む市長として、この私に力を貸してください。
基地交付金が無くても、借金しなくても、保育料、学校給食費、子ども医療の無料化はできます。その基盤を稲嶺進前市長がつくりました。いまはその上に乗っかって実施しているだけで、現市長がつくったものではありません。(相手候補は、岸本市長になったら、国からの基地交付金が打ち切られるので、保育料、給食費が有料になると喧伝している)
辺野古の新基地ができることで、この街で生まれ育った人々を、新たな基地の危険にさらすわけにはゆきません。市民の皆さん!笑顔あふれる街をいっしょに造りましょう。」
稲嶺進前市長、翁長武志前知事のお連れ合い・樹子さん、岸本建男元名護市長のお連れ合いで、岸本洋平候補の母の能子さんも激励・応援に駆け付けた。
およそ30分間の街頭演説の後、岸本ようへい候補、玉城デニー知事は一緒に街宣カーに乗り、次の会場に向かった。