歌の道学で 人の道悟て 世間御万人にかなささりり ~ 第一回 宮里春行賞贈呈式・受賞者顕彰公演

 琉球古典音楽の二大流派の一つ、安冨祖流。その戦後隆盛を先導してきた宮里春行師の名を冠した賞が創設され、照喜名朝一先生(人間国宝)と西江喜春先生(人間国宝)がそれぞれ受賞、その授賞式と顕彰公演会が、7日琉球新報ホールで行われた。

 宮里春行師は、琉球古典音楽の源流と言われる安冨祖流絃聲会を、金武良仁、古堅盛保師から受け継ぎ、沖縄戦後消滅状態にあった琉球古典音楽の戦後復興に力を尽くした方である。

 その証の一つが、直弟子から二人の人間国宝輩出である。その名を冠した賞の第一号、第二号として照喜名朝一、西江喜春両人間国宝が受賞された。

 宮里春行師は、三線づくりの名手としても知られ、今回の受賞者のお二人には、宮里師が手塩にかけた三線が贈られた。三線の命である竿は、クルチ(黒木)と呼ばれる琉球黒檀が最高級であるが、戦後の三線ブームの中でとりつくされ、現在は輸入物がほとんどである。

 黒木は成長が遅く、三線がつくれるほどの大きさになるには、樹齢100年を要すると言われている。三線の作り手としての宮里師は生前、折に触れて黒木を集め、自分がつくる一生分の沖縄産黒木の竿を用意されていたという話は有名である。

 今回受賞者に送られた三線は、春行先生が遺された現存する47本の竿の中から、照喜名、西江両師が自ら選び、現代の名工によって三線がつくられたという。

 贈られた三線を手にした西江喜春師は、その場でチンダミ(調弦)、名曲の出だしを一声だけ張り上げた。(定評ある美声を最後まで聞かせてもらえるかと、誰もが一瞬期待したが…)

 人間国宝という近寄りがたいほどにえらくなられても変わらぬ茶目っ気ぶりに、会場からどよめきと笑い、大きな拍手が沸いた。

                 

 

この日照喜名師は、体調を崩されて登壇できず、代理のかたが賞状と三線を受領。ご本人は二階席から、家族に付き添われて、授賞式・顕彰公演を見守られた。

 照喜名師も、非常に明るく朗らか、誰にも気さくに声をかけてくださるお人柄で、多くの弟子や踊り手に慕われる方である。

 このお二人の個性的で人間味あふれる人柄や指導方法は、師である宮里春行師匠譲りであることが、最後に紹介された映像でよくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安冨祖流絃聲会には、実に個性的な歌い手が多い。 それは、宮里師が常々「安冨祖流に工工四(声楽譜)はない。歌詞の心を己の心のままに歌う。形よりも、歌心です」とおっしゃっていた(三隅治雄氏解説文より)とのこと。伝統だからと画一的にするのではなく、それぞれの持つ歌心、個性を大切にしたのである。映像からその様子が伝わってきた。まるで古典舞踊を踊っているかのような、手ぶり豊かに歌の抑揚を指導していた。(安冨祖流は、稽古中工工四を見せない。向かい合って座った師匠の手を見ながら弾き、歌う)

 

「歌の道を学ぶことで、人の道を悟って、世間の人々に愛されるようになりなさい」春行先生のお人柄を彷彿とさせる詠歌である。

 

  私も西江喜春先生の不詳の弟子(只今中断中)であり、春行先生のつくられた三線で稽古をさせていただいている一人として、感慨新たに幸せをかみしめながら、授賞式と顕彰公演を楽しませていただいた。

 定年退職したら稽古を再開するという師匠との約束を、10年以上たってもいまだ果たせずにいる。公演終了後の会場で、お祝いのご挨拶にうかがったら、「何をまごまごしている。早く稽古に来い」と、笑顔のお叱りを受けた。

 

2022年5月8日リンクURL

5月のブルーアクション ~ 那覇地域 県庁前

 毎月第一土曜日の県民大行動が、コロナ禍で開催出来なくなって久しい。今月も地域ごとのブルーアクション各地で行われた。那覇地域は県庁前と、おもろまちの県立博物館前の2ヵ所で行われ、私は県庁前のスタンディングに参加した。 

 今日は午後2時から、玉城デニー知事の講演とシンポジウムを内容とするオール沖縄主催の「学習会~なぜ設計変更不承認なのか」があるため、多くの人が、博物館前への参加となったようだ。

 

 戦争の陰で、誰かほくそえんでいる奴らがいるよ!そうだね!それを見抜かなきゃ!! 

 

 

 

 

 

 「辺野古へ行こう!」と呼びかけるチラシもくばられていたが、通りすがりに声をかけてくれる人や、車の中から手を振る人がいる一方で、チラシを受け取らない(拒否する)人がけっこう多いことが気になった。

 

 

2022年5月7日リンクURL

平和憲法、「政府が捨てる」なら「沖縄が拾って再生」させよう ~ 2022年 憲法講演会


 憲法記念日の昨日(3日)は、なはーと(新那覇市民会館)で行われた憲法講演会に行った。

 ウクライナ戦場下の一般市民の悲惨な苦しみが思われ、演壇に掲げられた、日本国憲法前文のこの一文が、一層身に染みるとともに、日本国憲法は、日本国だけにとどまらず、世界平和を視野に入れてつくられたと、改めて気づかされる。

 今年の憲法講演会のメインの講師は作家の柳広司氏。柳さんはミステリー作家と言われているが、政治的なテーマの小説も多い。現在、週刊ポストに沖縄をテーマにした小説を連載しているとのチラシの説明に誘われて足を運んだ。

 ある出版社の編集者は「政治を扱うと、うちの社ではお引き受けできません」と離れていったという。そのとき「そんなことを書くと、勲章もらえませんよ」と言われて、「飲みかけの珈琲を、思わず吹きだした。それでも書く方向性を変えることはなかった」という柳氏に、その作品はこれまで読んだことがなかったが、読んで見ようと思った。

 なは―とホールの音響の状態はあまりよくなくて、難聴のある私には聞き取りづらく、具体的な内容については、琉球新報の記事で確認いただきたい。                   

 

<5月4日 琉球新報 ↑>

 この日は、柳氏の講演の前に「高校生平和ゼミナール」による活動報告が行われた。 

  政府に対し、核兵器禁止条約への加盟と・批准を求める署名活動や、ロシアのウクライナ侵攻への抗議声明・署名活動など、この一年間の活動内容を発表した。 

  また、トークセッション「沖縄と私 ~ 復帰50 現在と未来」では、復帰後生まれの若い世代が、沖縄の未来を、それぞれの場所から語った。

 その中で、辺野古や高江の問題、基地の環境問題などを番組で取り上げている琉球朝日放送の島袋夏子記者が、そのようなことに関心を持つ原点が、鉄血勤皇隊として戦場に駆り出された父親の熾烈な戦争体験をあげ、「記者としても娘としても、次の世代に橋渡ししていくのが自分の役割と思う」と」語ったことが印象に残った。

 

 

2022年5月4日リンクURL