ぬちぐすい(命薬)

沖縄の食文化は医食同源とか薬食同源と、よく言われます。
食べるものは、即命の糧にもなれば、毒にもなる。
病は食の過ち!
よって、食べ物は命の薬になるようなものでなければならないと
沖縄の先達は考えたようです。

そんな考え方が元になった言葉、それがぬちぐすい(命の薬)です。

おいしいものをいただいたら、「ぬちぐすい ヤッサァ(だなぁ)」と言います。
それが おいしいね!と同意語なります。

 

ぬちぐすいは、食べ物だけに言うわけではありません。

いい音楽を聴くと「ぬちぐすい だね」と言い
いいお話しをきいても「ぬちぐすいになったね」と言い
温泉にはいっていい気持ちになったら「ぬちぐすい!ぬちぐすい!」と言い
すばらしい景色をながめても「ぬちぐすい」と言う。

すべからく感動をいただいたら
ぬちぐすい だね!」と感謝するのです。

心や身体にいいもの、それがすべてぬちぐすい

これから沖縄の「ぬちぐすい」になる話題あれこれを拾い
「うちなぁ ぬちぐすい紀行」として紹介していきたいと思っています。

 

道端に 名も知れず咲く

ちなみに、最近 氣功を学びはじめた私は
それこそ究極の「ぬちぐすい」出会ったと、思っています。

その話題も追い追いお伝えしていきます。

2013年2月18日リンクURL

うちなぁぐち(沖縄語)しましょう!

 

最近では、方言とは言わず
うちなぁぐち」、もしくは「島ことば」といういい方が定着してきました。
言語学的にも、日本語の一部ではなく、沖縄語として認められているようです。

このところ、行政でも 窓口で「うちなぁぐち」を話せる職員を養成したり
せめてあいさつだけでもうちなぁぐちでと奨励する病院など公共施設も増えました。

 

昨今の若者たちは「うちなぁぐち」を使えることが、カッコイイと受けとめられているようですが、実はうちなぁぐち、ついひと昔前までは方言と呼ばれ、ダサイ、カッコワルイ言葉だったのです。

特に戦時中には、「方言を使う者はスパイ」と決めつけられ、
日本軍から処刑された沖縄の住民は数知れません。

戦後生まれながら、学生時代に「方言札」や「標準語励行」の洗礼をうけた世代としては
こういう時代が来るとは、夢にも思いませんでした。
隔世の感がします。

必要以上にナショナリズムをあおるのは好きではありませんが
何を隠そう私も、沖縄文化の原点である「うちなぁぐち」を愛する一人です。

私のこのうちなぁぐちへの想いは、                                      沖縄の伝統芸能であ「琉球舞踊」を40年近くやってきたことも大きいですが

もっと根っこに、おばぁちやん子として育ったことがあると
私自身は感じています。

祖母の腕枕で聞いた子守歌、
嬉しいにつけ、悲しいにつけ祖母が歌っていた民謡、
祝いの座で踊るカチャーシー(型のない自由舞い)、

私が悪さをしたときや、わがままを言ったときのお小言までが
即興の歌だったおばぁちゃんの姿が、身体の芯まで染みこんでいるのです。

うちなぁぐちを知らない人に沖縄を語るとき、
うちなぁぐちでなければ表現できない微妙なニュアンスがあって
相手に伝わらないもどかしさを 感じることがよくあります。

とは言っても、標準語励行世代の私は、うちなぁぐちが あまり流暢にはしゃべれません。
何それ?と言われそうですが
聞くことはほぼできるのです。
「英語で論文も書くが、英会話は苦手な日本人」をイメージしていただければ
納得していただけるでしょうか。

日本人は、以心伝心が得意だけど
言葉にしなければ伝わらないこともたくさんあります。
沖縄を知っていただくために
これから随時このブログで、沖縄の言葉、うちなぁぐち・島ことばの紹介していきたいと思います。

 

興味のある方は どうぞお付き合い下さい。

2013年2月15日リンクURL