1日361万円のサンドコンパクション工事船 ~ 3月19日の辺野古

 アップが遅れてしまったが、19日水曜日の辺野古報告である。

 この日は関西からの友人ら3人を案内して、レンタカーで辺野古へ向かった。工事用ゲート周辺の山々は日々削られ無残に赤土を晒す。抗するすべのない身が悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座り込む間もなく機動隊の排除が始まる。友人らも機動隊に担がれたが、長年憲法9条や「慰安婦」問題に実践的に取り組む百戦錬磨の人たちなので、怯むことなく座り込んでいた。

 一回目の座り込みを終えてテントに戻るバスの中から見える風景。さっきまで座り込んでいた工事用ゲートのすぐ後ろの海からニョキッと頭を覗かせるサンドコンパクション工事船。異様さに寒気がする。

 この日はあさイチから人が多かったが、正午前の2回目はさらに増え、多彩な参加者が場を盛り上げた。博治さんも「辺野古が頑張って闘い続けていることが、同じ状況にある全国の人々を勇気づける!」と、激を飛ばした。

 昼食後ゲート前を離れ、大浦湾側から海の様子を見た。

 このサンドコンパクション工事船は、民間の船だが辺野古の工事に合わせて国が一隻当たり2億~5憶の負担をして改装したうえ、稼働していようがいまいが1日一隻361万円が支払われるという。この日は5隻が大浦湾に浮かんでいた。

ああ!なんという税金の垂れ流し!

 野菜やお米の50円、100円の価格変動に一喜一憂する庶民の感覚からは想像もつかない。

 

 

 

2025年3月21日リンクURL

 不屈の座り込み3902日 ~ 3月12日の辺野古から

 今年は戦後80年、新聞もテレビもメディアは毎日のように沖縄戦の記事や特集があふれる。見るのも読むのも苦しい。体験者にとってはなおさらのことだろう。そんな日々が続いている。

 拍車をかけるようにトランプ劇(激)場は日本に軍事費の増強を迫る。増やさないなら米軍は日本を守らないんだって?望むところだ。米軍が日本にいる理由もなくなる。早々にすべての米軍基地をアメリカに持って帰ってくれ! 

 米軍基地が無ければ、このような無駄でバカげた難儀もしなくて済む。

                      

 辺野古へ向かう途中通る開南バス停のイペーの花。いま各地で満開。寝ぼけまなこも覚めるような鮮やかな黄色。イッぺー(とても)美しい。↑→                   

 

                            

 

辺野古テントのテーブルに活けられたこでまりの花。出来ることなら、米軍基地などと闘うのではなく、このような花々を愛でながら、穏やかに暮らす日々がいい。

 

 

 

2025年3月13日リンクURL

沖縄に要らない軍事基地は世界のどこにもいらない! ~ 2月5日の辺野古

 暑くもなく寒くもなく、そんな穏やかな一日の始まり。できれば自宅でのんびり庭の草をむしり、ゴーヤーやオクラの種でも蒔きたいなどと思うのは、贅沢な話だろうか?

 いつもの水曜日(2月5日)午前4時半に起きだして弁当をつくり、那覇・県庁前7時発の貸し切りバスに乗り合わせて辺野古に向かう。

 天気予報は曇りだったが、時折小雨がパラパラと落ちてきた。

 

 今日も朝一は少な目、30人余で座り込んだ。早速機動隊による排除が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メキシコから日本の大学に留学中の女性、軍事と暴力について学んでいるという。「皆さんのくじけない長い闘いに敬意を表する。軍事は暴力だ。辺野古に要らないものは、日本にもいらない。世界のどこにもいらない。世界から軍事基地をなくすためにあらゆる国々に働き掛けていく」こうした若い世代の元気な声には上げまされる。

 正午前の2回目は、歩いて工事用ゲートに向かった。

 座り込みの現場・工事用ゲートまでは歩いて20分ほど。道路の両側は埋め立てや皆伐によって、海・山ともに自然破壊が日に日に増している。核も収納できるという辺野古弾薬庫地域は、いまや何倍にも膨れ上がっている。

 二回目は60名余が座り込んだ。東京の大学から卒業前の大学生の一行が参加。多くがこの春から大手の新聞社などで働く予定という。このゼミでは毎年この季節に沖縄研修を行っており、辺野古へもやってくる。

 

 

 

 

 

 2回目の座り込みの後は水曜名物ランチバイキング。今日は人数も多かったので、早々と品切れとなった。

 今日はいつも以上にテント下もにぎやかだった。

 

2025年3月6日リンクURL