メインゲート前のテントは、松並木の中にある。8:30、いつもより少し遅れてゲート前へ到着すると、ここしばらく聞こえなくなっていた蝉の大合唱が出迎えてくれた。ジィーワッジィーワッと鳴いている。夏の終わりを告げるクロイワツクツクだ。
那覇から7時発のバスは、全米に66万人の組合員を擁するAPARA(アジア・太平洋・アフリカ系労働者組合連盟)代表団の皆さんと同乗した。
APARA(アパラ)は、2017年から組織的に沖縄辺野古の新基地建設に反対を表明し続けている。今年の全米総会でも「沖縄の人々を支援する決議」を採択している。


工事用ゲートにも、私たちと一緒に座り込んだ。
「植民地主義、軍事主義に反対する立場から沖縄の皆さんと連帯するためにやって来た。私たちは皆さんと同じく軍事活動によって環境破壊があってはいけない、PFASのような環境汚染もあってはならないと活動している。
沖縄の皆さんの息の長い闘いに尊敬と感謝を意表明する。戦争の経験のない私たちが、沖縄の闘いをすべて理解できるとは思っていないが、それでも皆さんん一人ひとりのストーリイ、物語を聞き、アメリカに持ち帰って、アパラとしてどんな連帯ができるか考え、行動したい」と力強いメッセージ。



メンバーの一人が、警備員や機動隊に語り掛けた。「同じ労働者としてあなたたちに訴えたい。あなたたちにも家族や子ども大切な人がいるでしょう? この基地ができることで、将来あなたの子どもや愛する大切な人が戦争に巻き込まれて死ぬかもしれないと考えたことがありますか。もしそうなったら、あなたは何のためにここで働いているのですか?よく考えてみてください」。きっと胸に堪えた人もいることだろう。


この日は、やたらと上空で飛行機雲が発生していた。この島の上空を飛べるのは米軍機だけだ。何の訓練をしているのだろうか?






クロイワツクツクが泣いても、
眩暈がしそうなほど暑い一日だったが、誰も熱中症になったりせず、無事に一日を終えることが出来た。私は少々バテ気味だったが…。





新里武広渡嘉敷村長は「ふるさとを追われ、見知らぬ土地での生活を余儀なくされた伊江村民の皆様のご苦労は、筆舌に尽くしがたいものがあつたと伺っている。渡嘉敷村民もまた戦争による大きな被害を受け、困難な暮らしの中でありながらも、伊江村民の方々をできる限り受け入れ、支え合いながら暮らしていたと


ここは元々、普段は使われていない基地ゲートへの引き込み部分で、舗道まで距離があり、かなりの広さがあった。座り込みに来た人たちの駐車場に使用されていたが、数年前突然、舗道すれすれにコンクリート製の大きな植え込みBOXが3個おかれ、駐車が出来ない状況になった。防衛局の悪意を感じた。











