観光バスからエール ~ 今日(5月29日)の安和行動

 時折、霧のような雨が降るやんばる路を安和に向かう。

 途中の高速道路沿いは、「いじゅの花」がややピークを過ぎた感はあるが、まだ山肌を緑の中に白い裾模様を描いていた。 

伊芸のサービスエリアでは、赤いプルメリアがあでやかに。

 

 

 

 

 

 花をめでていられるのはほんのつかの間、すぐに無粋な現実に引き戻される。8:00安和に到着。本部 島ぐるみの人たちを中心に、すでに抗議行動は始まっていた。

「雨にも負けず!安倍にも負けず!」が、雨の日の合言葉の定番。

 目の前の国道を、海洋博公園へ向かう観光バスがひっきりなしに通る。11時過ぎ、信号で止まった観光バスのなかから、バスガイドさんが両手の拳を胸のまえで握りしめ、全身に力を込めて、「がんばろう!頑張って!」のポーズを示した。バスに乗っていた高校生たちもほぼ全員が手を振って、ゲート前の人たちが掲げるメッセージボードに応えてくれた。

きっとこのガイドさんが、沖縄の人たちが辺野古の基地建設に抵抗して抗議行動をしていることを、適切に説明してくれているのだろう。

観光バスの中から修学旅行の生徒たちが手を振ってくれることは結構多いが、このバスガイドさんのように何度も何度も力強いガッツポーズをみてくれたのは初めてかもしれない。

 早朝から歩き通しで少々疲れが見え始めていたゲート前の人々、観光バスからエールをもらって、元気と笑顔が戻った。

 ここ安和の桟橋から運ばれる赤土が、投入されている辺野古の海。ドローン規制法の成立により、来月からもうこのような写真も撮れなくなる。まさに米軍基地の実態を覆い隠すための目隠法である。

 この日、海上では辺野古からカヌー12艇、ゴムボート1隻が参加して、赤土を積み終えた運搬船が離岸するのを遅らせる抗議行動を展開。先日から接岸していた一隻目が午前中に離岸したが、2隻目は離岸できるかどうかはわからないという状況で、この日の抗議行動は締めくくられた。

 

2019年5月30日リンクURL

米海軍兵による女性殺害 緊急追悼・抗議集会~6月2日に開催

 去る、4月13日に起こった米海軍兵士による女性殺害事件から1ヶ月以上が過ぎました。
 加害者は、外出禁止になっていたというのに、どうして、ゲートから自由に出ることが出来たのでしょうか。米軍の規律の甘さの原因は、駐留地の人権軽視に他なりません。辺野古のゲートでの抗議集会では、市民が境界線と言われるオレンジのラインを一歩でも踏み込んだら逮捕・拘束されるというのに、です。

 基地あるが故に多発する事件・事故。どれだけの県民、女性、子どもたちが犠牲になってきたことでしょう。沖縄の女性たちは、特に「軍隊は構造的暴力」であるとして、軍隊の性暴力を追求し続けています。今回の事件を受けて、すぐに抗議・要求書を記者会見で発表し、米大統領、安倍総理はじめ米軍他関連の機関に送付しましたが、事件が発生した地元や女性たちが結集し、改めて追悼と抗議の集会を開催します。

 

 

2019年5月24日リンクURL

沖縄の尊厳をとり戻すために ~ 今日(5月22日)の安和行動

安和集中行動日の水曜日。今日も県内外から多くの人たちが参加した。

高齢で足の悪い方でも、座ったり、あるいは立ったままで国道を走る車にメッセージボードを掲げて手を振ることで抗議行動に参加する。この方も早朝から、3時過ぎまでボードを振り続けていた。海洋博公園に向かう観光バスから、修学旅行の中・高校生たちがよく手を振って応えてくれる。

トラックの出口の方でも抗議行動を行っている。

今日は桟橋入り口に、いままでなかった新たな警告板が張り付けられていた。 

このように警告することで、抗議する市民を脅し、ちょっとしたことで、逮捕の理由にすることができる。

工事期間に注目!なんと、令和11年ということはこれから10年も続くということである。琉球セメントさん、本業はどうした!赤土搬出会社になってしまったのか!

こちらも負けずにメッセージを発信!(ささやかだけど…)

安和は、辺野古ゲート前のように雨や太陽を避ける立派なテントはない。抗議行動中荷物置き場になる小さな簡易テントと、あとは舗道の植栽の木陰で休息や昼食をとる。これがまた涼しくてなんとも心地よい。自然は偉大だ。

 午前中の抗議行動で、トラックの搬入は120台程度にとどめ、運搬船はまだ一隻も出港していない。この後は出港する運搬船を桟橋に釘付けするために、カヌーチームの出番となる。浜辺でカヌーチメンバーが準備を整えていた。頑張れカヌーチーム!

3時過ぎ、いつもより少し早く桟橋前での抗議行動を切り上げ、前日(21日)の、本部塩川港からの土砂搬出に伴い、県が港の使用許可を出したことや違法にフェンスの設置を認めたことに抗議と説明を求めて、北部土木事務所へ行くことになった。

県の北部土木事務所前への要請行動には、安和からそのまま移動して、60人余が参加した。


所長はじめ担当課の幹部職員3人が要請に応じた。防衛局(国)は、4月に1度、5月は21日に1回だけ本部塩川港から辺野古向け土砂の搬出を行った。その際100人の民間警備員と50人以上の機動隊を動員して市民の抗議を封じ込めた。

特に先日21日は、使用許可範囲を超えて防護フェンスを張り巡らし、市民の港へ立ち入りを完全に排除。人々は、「デニー知事が辺野古埋め立てに反対と言っているのに、行政末端で辺野古の工事を進める許可を出すとは、デニー知事は二枚舌か?と言われかねない」と追及。

土木事務所側は「安全のために許可を出したが、防衛局が許可範囲を超えて勝手にフェンスを設置した」と説明。しかもフェンスについては口頭での申請・許可だったことも判明した。これに対し人々は「安全は誰のための安全か?私たちは暴徒ではない。みんな70代、80代、90代のおじいおばぁだ。抗議も整然とやっている」「許可条件が守られているかどうか現場は見たのか?」「許可範囲を超えたことに対し防衛局に抗議や是正を求めたのか?」もちろん現場は見ていないし、防衛局に是正も求めていない。

「県民が命がけで辺野古を止めようと抗議行動をしているというのに、しかも”辺野古反対”と当選した知事の元で、行政の末端がこんな緊張感のないことでどうする」と、まるで労使の大衆団交のような厳しい追及が1時間近く続いた。

今後の対応について問われた土木事務所幹部は「今後、県の上層部と相談して対応する」と返事。

 要請の最後に山城博治さんは「こうしてみんなの前に出て説明してくれたことは評価し、感謝する」と丁重に頭を下げてお礼を述べ、人々の間からも「沖縄のために一緒に頑張ろう!」と多くの声がかかった。

 そして、何人もの女性たちが「あなたたちをつるし上げに来たわけではない。沖縄を思う気持ちは一緒、沖縄の尊厳を守るために共に頑張ろう!」と手を差し伸べ、お互いに目をうるうるさせながら、固い握手を交わした。

朝6時半に那覇を出発して、夕方那覇に戻ったのは6時を過ぎていた、12時間及ぶ長い一日だった。

 

2019年5月23日リンクURL