うりずん~若夏

国内唯一の亜熱帯気候を有する沖縄は
冬からいきなり夏になり、夏からいきなり冬になったりと
季節の変化があまり感じられないと思いがちですが

月桃の花

月桃の花

なんの!なんの!わが先達は少ない変化の中で
いや!変化が少ないからこそ、
自然のなかに小さな季節の移ろいを見つけて
暮らしの中に文化を生み出してきたのではないかと
このごろしきりと感じるようになりました。

「うりずん」、春から夏に向かう季節区分を
沖縄の先人たちは、春→うりずん→若夏→夏、と表現し
しかも、若夏と夏の間にさらに梅雨が重なります。
梅雨の期間もまた、いくつもの季節の言葉のグラデーションがあるのです。

「うりずん」は麦穂が出る旧暦2~3月ごろ
「若夏」は稲穂が出始める旧暦4から5月ごろと、ものの本には書いてあります。

テッポウユリ

テッポウユリ

ちょうど「うりずん」から「若夏」へ移るこの季節が
私は一年中で一番好きです。

このところGWだというのに、梅雨の走りでぐずついた天気が続いていますが                                           連休の後半から連休明けにかけて、梅雨に入り、                                                            梅雨が明けると夏へとまっしぐらの沖縄です。                                                              (沖縄気象台は5日沖縄地方の梅雨入りを発表した)

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2014年5月5日リンクURL

しまくとぅばの日

今日9月18日は沖縄県が条例で定めた「しまくとぅばの日」
制定から7年たって、なぜだか今年は例年になく盛り上がっている。

琉球舞踊

琉球舞踊

かつては「方言」としてさげすまれ、
あるいは、教育上よくないと厳しく禁止、処罰の対象ともなった時代があつたと思うと、 隔世の感がある。

戦争中は「方言を使う者はスパイ」とみなされ、日本軍に射殺された住民も少なくない。

戦後も、語彙の少ない劣った言語と決めつけられて、
学校では、「標準語励行」が年間を通しての週訓であった。
それは、私が高校性のころ(1960年代はじめ)までまだ残っていた。

それでも、反抗的で、悪ぶるのがかっこいいと思っている男子生徒は
わざと「方言」を使った。

叱られたり、罰せられたりしたくない、いい子ちゃんでいたい女子生徒は
ほとんど「方言」を使うことはなかった。

その名残で私は、聞くことはほぼ完ぺきにできる(おばあちゃん子だったため)」が
しゃべることがほとんどできない。
そのことはいま、悔やんでも悔やみきれない後悔となっている。

日銀那覇支店の門獅子(シーサー)

日銀那覇支店の門獅子(シーサー)

「しまくとぅば」と呼ばれるれるようになったのは
ここ10年くらい前からである。
いぜんは、「方言」が一般的だった。

しかし、琉球の言葉は、日本語のなかの一方言ではなく
琉球諸語として言語学的にも認められたこともあって
ある時期から「うちなぁぐち」と呼ばれるようになった。

しかし、「うちなぁ」は、沖縄本島だけを示すもので
宮古・八重山をはじめ、島々で言葉がまったく違い
首里、那覇の言葉を中心する「うちなぁぐち」には含まれないとの異議が出され、 「しまくとうば」へと変遷してきた。

「しまくとぅば」の「しま」が漢字でないのは
同じ沖縄本島でも、地方や地域で言葉は大きく異なる為で
「シマ」には、島々だけではなく、地域あるいはふるさとの意味合いがあることから
「しまくとぅば」となってきたと、私は理解している。

昨年あたりから、那覇市が、役所を訪れる市民へのあいさつ・「はいさい・はいたい運動」展開したり、 学校教育のなかに取り入れる努力をするなど
行政が率先して「しまくとぅば」ムーブメントを起こし、県民に広がりつつあるのはなぜなのか?

そこには、辺野古への新基地建設、オスプレイの強行配備など
日本政府の沖縄に対する差別としか言いようのない理不尽な仕打ちと
無関係ではないと感じるのは、私だけではないだろう。

DVC00169.JPG地元新聞・沖縄タイムスは、今日の社説「うちなぁぐち」で書いている。
『忘んなよ「沖縄ぬ肝心」(忘れるな、沖縄の魂の叫び)』

沖縄出身の詩人・山之口獏が、戦後沖縄に帰省した折、出会った故郷の人たちに沖縄の言葉であいさつをしたら、 「こんにちは」と日本語で返ってきたことに対して

「ウチナァグチマデン、イクサニサッタルバスイ
(沖縄の言葉までも、戦争にやられてしまったのか!)」と 嘆いたという有名なエピソードがある。

また、沖縄の先人は古くから
「しまくとうば忘りいねぇ、国失ないん (言葉を失うことは、国を失うことである)」と教えている。

言葉は生き物、文化、時代をうつし、暮らしのなかでしか生き残れない。

ふるさとの言葉を失ってしまった自らの反省として、40年以上も前から、うちなぁぐち・しまくとぅばを、仕事のなかでも積極的に使ってきた者としては、願わくば、過激なナショナリズムに陥ったり、その道具に利用することだけは、してほしくないと心から祈っている。

2013年9月18日リンクURL

沖縄的こころ ②~シーブン(おまけ)

県外から友人知人が沖縄へやって来ると
私は、必ず那覇の市場へ案内することにしています。
なぜなら、市場は庶民の暮らしと文化が、良くも悪くもよく見えるところだからです。

那覇市場

那覇市場

しかし、中には私よりも沖縄のことをよく知っている 沖縄通の友人もたくさんいます。
先日も、高知からの友人と市場へ行きました。
もう二十数年、沖縄へ通い続けている人です。

彼女は、沖縄中どこにおいしいお店があるか、珍しいものがあるか、
楽しいところがあるかを知り尽くしています。

那覇市場には、彼女が常連として買い物をしている店舗がいくつかありました。
沖縄へ来ると必ず寄るところがあると、逆に私が案内されていったのは
お肉売り場でした。

 

肉売り場~ブログの内容とは関係ありません

肉売り場~ブログの内容とは関係ありません

彼女は、箱いっぱいの買い物をして郵送を頼んでいました。
沖縄在来豚・アグー(黒豚)のハムやベーコン、塩漬けなどです。
沖縄に来た時だけでなく、高知から電話一本でいつでも送ってくれるこの店の常連さんだったのです。

そして彼女は、私のことを
「この人は、観光の人たちをよく市場に案内しているので
知り合いになっているといいですよ」と、私のことをお店のオーナーに紹介してくれました。

これは?なんでしょう!

これは?なんでしょう!

私、お魚党なので、お肉は、出された料理はおいしくいただきますが, 自分自身でお肉を買って調理することはめったにありません。
が、紹介された手前、何も買わずに帰るわけもいかず
アグーのソーセージと瓶詰のアンダンスー(肉みそ・沖縄伝統の保存食)を買いました。
合わせて800円くらいの買い物です。

でも、手渡され品物があまりに大きな包みなので
?という顔をしていたら、「シーブン(おまけ)入れておきました!」とのこと。

家へ帰って、びっくり!!!
入っていたオマケは、大きな塊のアグーベーコンでした。
私が買った品物の3倍くらいの値段です。

買ったのはこの二つ

買ったのはこの二つ

オマケにもらったベーコン

オマケにもらったベーコン

 

 

 

 

 

 

かっては(二昔前くらまで)、このような場面はよくありました。
糸満の市場で、やはり東京からの友人たちを案内していたとき
市場のアンマー(お母さん)たちに、いろいろと質問して、
糸満女性のことを教えてもらったあと、3個のみかんを買ったところ、
アツアツの揚げかまぼこ(7センチ×20センチほど)をもらったことがあります。
これも、かまぼこのほうが何倍も高いのです。

意気に感じたら採算は度外視、これが沖縄アンマーの心意気なのです。

その伝統が、那覇市場でまだ生きていたことに
私は、改めて感動したものです。

カラフルな魚売り場

カラフルな魚売り場

2013年7月5日リンクURL